明けない夜はない。けれど、夜の暗闇を抜け出す意思のない者に夜明けが来るというほど甘くはない。

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哲学

止まない雨はない。
明けない夜はない。
日はまた昇る。
春の来ない冬はない。

これらは間違いのない事実。
この事実があるから、辛い状況にはいつか終わりが来て、やがて幸せが来るものだと言われる。

けれど、明けない夜がないことと、誰もが夜明けを迎えられるということはイコールではないと思う。

夜明けを迎えられるのは、夜を超える準備をした者だけだと思う。
陽のあるうちに夜を超える準備をしてきたか、あるいは夜になってから、もがき苦しみながらも夜明けを迎える準備をしてきた者だけだと思う。

夜明けを迎える準備を怠ったものは、夜明けが来る前に打ちひしがれ、昇る日を見ることが出来ないこともある。

明けない夜はないという言葉があるように、日の目を見ないという言葉もある。

世の中は動き続けているから、夜が来れば朝が来るけれど、夜明けの準備をせず、ただそこで立ち止まっている人は、必ずしもその朝を迎えられるとは限らない。

アリとキリギリスのアリは、冬の前に準備をすることで春を迎えることが出来たけれど、準備を怠ったキリギリスは春を迎えられなかった。
キリギリスも、ただジッと耐えればいいだけなら、あるいは春を迎えられたかもしれない。
けれど、キリギリスは春を迎えられなかった。

明けない夜はないけれど、誰もがその夜を超えることが出来るわけではない。
そうであれば、順境な時ほど夜に備えることがまず第一に重要だと思う。
そしてそうでない場合でも、ただジッとしていてはダメだと思う。
考えて、行動して、もがき苦しみながらも夜明けを迎えるための準備をしなければいけないと思う。

夜の暗闇を抜け出す意思のない者に、必ず夜明けが来るというほど甘くはないと思う。

例え世の中の多くの人たちが太陽の日を浴びていたとしても、夜の中をただジッとしている人には太陽の日は射さない。
けれど、夜の暗闇を抜け出す意思のある者には、必ず日が射し込む時がやって来る。

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