あなたが生まれたとき、周りの人は笑って、あなたは泣いたでしょう。だから、あなたが死ぬときは、あなたが笑って、周りの人が泣くような人生を送りなさい。

名言

あなたが生まれたとき、
周りの人は笑って、あなたは泣いたでしょう。
だから、あなたが死ぬときは、
あなたが笑って、周りの人が泣くような人生を送りなさい。

ネイティブ・アメリカン(アメリカの先住民の総称)

望まれて生まれてきて惜しまれて逝く。
これが本来人間の歩むべき生き方であり、その始まりと終わりです。

人は人と共存して生きていくものであり、一人では生きていけません。
いくらお金があり、地位があり、名誉があったところで、それ自体には何の意味も無く、それらをどのように人生で活かすかがポイントになってきます。

人がお金や地位や名誉を欲しがるのは、本当はそれが欲しいわけではなく、それを手に入れたことで得られる喜びが欲しいわけです。
だから、いくら大金持ちなろうが、高い地位や名誉を得られたところで、一匹狼のように生きていれば、それらは何の役にも立たず、空虚感があるものです。
いくらお金を得て、自由な時間を手に入れたところで、そこには何の魅力もありません。

だから、人は人に支えられ、そして人を支える。
人の恩を受け、恩返しをし、無条件の奉仕をする。
たくさんの人と出会い、たくさんの人と付き合い、たくさんの人と笑い合い、たくさんの人と泣き、たくさんの人に助けられ、たくさんの人を助ける。
これらのことが大前提にあるわけです。

だから、自分一人で大きくなったような態度を取ったり、天狗になったりすると上手くいかないのです。
それはこれらの原則から外れた生き方をしているからと言えるでしょう。
そうであれば、この原則さえ常に意識しておけば、この原則が道しるべとなり、良い人生を歩みやすいと言えます。

そしてもう一つ、この言葉には重要な原則が隠されています。
それは、あなたが死ぬときに周りの人が泣くような人生を送るだけではなく、「あなたが笑って」という部分です。

人に惜しまれて逝く人生を歩むだけなら意外と簡単なものです。
しかし、最期の時に自分が笑うということは、そう簡単なものではありません。

最期に笑う事が出来る人間は、自分の人生を全うし、満足出来た人間だけです。
最期の時に、少しでも後悔していればなかなか笑うことは出来ません。
「私の人生は最高だった、私は生き抜いたんだ!」
と言えるほどの人生を歩む必要があります。

これは普段からの生き方で決まります。
ただ何となく生きていれば、なかなか最期にこのように思うことは出来ず、笑って逝くことは出来ません。
だからこそ、なんとなくの人生を歩まないために、このネイティブ・アメリカンの名言を心に刻んでおくことはとても有効です。

最期を迎える瞬間の事を想像することです。

そうすれば、まだまだ死にたくないとか、まだまだやり残したことがあるとか、もっとこうしたいというような思いが人それぞれ生まれてくるはずです。
この思考が非常に大切です。

スティーブン・R・コヴィー博士も、自身の著書「7つの習慣」で、終わりを思い描くことから始める、と書いているように、人生の最期のときに、自分の人生はどのようなものだったと思いたいのか、そして自分という人物を周りの人にどのように思ってもらいたいのかを想像することが大切です。

人は何も意識しなければ目の前のことばかり考えやすい生きものであるからこそ、自分の人生を長い目で見たり、本来あるべき姿を考えようとする機会はなかなかないものです。
だからこそ、自分の人生の最期という場面を、想像という力によって目の前に持ってくることで、人生の意義や自分の心の奥底にある部分に触れられるはずです。

今日のネイティブ・アメリカンの名言は、それを思い起こさせてくれる名言であり、人生の指針を与えてくれる名言だと言えます。

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