インスタントラーメンの発明家、日清食品創業者、安藤百福の成功ヒストリー。実はチキンラーメンと共に苦悩した人生であった。

人物紹介・成功ヒストリー

日清食品の創業者、安藤百福。
世界初のインスタントラーメンを開発したことで有名である。
NHKの連続テレビ小説、「まんぷく」のモデルとなったこともあり、ご存知の方も多いと思う。

今は世界を代表する企業となった日清食品だが、決して創業当時から順風満帆であったわけではない。
そこには、安藤百福の壮絶な戦い、執念、決断があった。

終戦直後、安藤百福は腹を空かせ、飢えに苦しんでいる人を目の当たりにして、食の大切さを実感した。

そして時代は高度経済成長期に入り、人々は仕事で忙しくなる。
そこで安藤にあるアイディアがひらめいた。
今は誰もが忙しくしている時代である。もし鍋で煮なくても、お湯をかけるだけで食べられるラーメンがあれば絶対に需要が出るはずだ。

そう考えた安藤は、麺を鶏がらスープで味付けし、お湯をかけるだけで食べられるインスタントラーメン作りを始めた。
その頃の平均睡眠時間は平均4時間ほどだったという。
そのようにして、寝る間を惜しんでまで取り組んだインスタントラーメン作りであったが、そう簡単に上手くはいかなかった。

課題となったのは、麺を乾燥させる方法と、麺をお湯で戻す方法であった。

味付けした面を天日干しをしてみたり、火であぶってみたりもしたが全くダメだった。
安藤の苦悩の日々が続いた。

そしてインスタントラーメン作りを始めて1年ほどが経過したころ、ラーメン作りに苦悩していた安藤は、妻の仁子(まさこ)が夕飯の天ぷらを揚げている姿を見てひらめいた。

これだ!

安藤はラーメンを油で乾燥させるという方法を思いついたのである。

高温の油で揚げた麺は水分が蒸発し乾燥。そしてその際、麺には無数の穴が出来る。
その麺にお湯を注げば、穴にお湯が浸透し、麺は元の状態に戻るという仕組みである。

このようにして作られたのが、世界初めてのインスタントラーメン、チキンラーメンである。

これを主力商品として日清食品を立ち上げた。
事業は軌道に乗り、このまま順調にいくかと思われたが、安藤にさらなる問題が襲い掛かる。

チキンラーメンを食べて体調を崩す人が現れたのだ。

結論としては、日清食品の作ったチキンラーメンではなく、パッケージだけが真似られた、偽物の商品だったのだ。
その事件から1か月後、偽物のチキンラーメンを作ったグループは逮捕されたが、問題はそれで終息しない。
日清の成功を目の当たりにした他のメーカーが、続々とインスタントラーメンを作り出したのだが、正しい製法を理解していないメーカーの中には、品質の悪い粗悪品を販売するところもあった。
このようなことから、インスタントラーメン=体に悪いものというイメージが定着してしまった。
日清の商品には問題が無くても、インスタントラーメン自体のイメージが崩れてしまったわけである。
しかも驚くべきは、日清のインスタントラーメンの製法である瞬油湯熱乾燥法は、すでに特許申請済みであったのだ。
今の時代では特許申請されているものを真似ることはあり得ないことだが、昔は違ったそうだ。
むしろ、その製法を独占する日清が悪いとさえ言われる始末。
当然日清はその製法、特許権を巡って裁判を起こしたが、その間にも粗悪品は作られ、インスタントラーメンのイメージはどんどん悪くなるばかり。
インスタントラーメンの業界自体が危機に陥ってしまったわけである。

その状況で、安藤はある決断をする。
なんと、今まで争っていた瞬油湯熱乾燥法の特許を放棄し、業界全体で自由に使えるようにしたのである。
その時に安藤はこのように言い放った。

「日清食品が特許を独占して野中の一本杉として栄えるより、大きな森となって発展した方がいい」

この安藤の決断が、インスタントラーメン業界を激変させたわけである。
このようにして、インスタントラーメンのイメージは回復し、また大ヒット商品へと舞い戻ったわけである。

しかし、安藤の苦悩はまだ終わらない。
今度は、本当に日清の製造した商品によって体調を崩す人が現れたのだ。
その原因は、麺に含まれた油が酸化してしまったことによるものだった。

なぜそんなことが起きたのか。

実は、この件も日清食品の製法が悪いわけではなく、小売店の販売方法に問題があったのだ。
昔の小売店は、必ずしも今のようにエアコンのかかった屋内で商品を陳列しているわけではなく、中には熱い夏場でも日の当たる場所に陳列している小売店もあったそうである。
そのように、夏場の日の当たる場所に長時間放置された麺が酸化するのも無理はない。

さらに、当時は賞味期限や消費期限の表記義務は比較的品質保持期間の短い乳製品や生鮮食品にしかなかった。
つまり、長期保存が出来るインスタントラーメンにはその表示義務はなかったわけである。

すると知識に乏しい小売店は、古い商品の上に新しい商品を並べるということをしてしまい、どんどん新しい商品ばかりが売れてしまい、古い商品は長期間日に当たった後に消費者のもとに渡ってしまうということが起きてしまったわけである。

本来責任は小売店にあるように見えるが、事態を重く受け止め、全ての責任は製造側にあると判断した安藤は、法律で義務付けられてはいないが、全ての商品に製造年月日を記入することにしたのである。
これにより、小売店も消費者も、製造された日付を見て陳列したり、買う買わないを決めることが出来るようになったわけである。
今、どのような商品にも賞味期限や消費期限が記載されているのも、この安藤の決断によるものが大きいと言える。

この決断を下せたのは、自社の利益よりも、常に消費者の安全、食の大切さを念頭に置いていた安藤の信念のおかげだと言える。

このようにして、危機を乗り越えたことで、安藤、そして今の日清食品の成功がある。

私たちは法律、あるいは何かのルールに乗っ取ってさえいればそれで良いと考えてしまいがちである。
しかし、時には安藤のように、法律やルールを度外視して、本質的に何が正しいかを考え判断することが重要である。

安藤百福はただインスタントラーメンを発明しただけではない。
どこまでも消費者の安全と、食の大切さを貫いたことで成功を成し遂げた偉大な人物である。

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