与える喜びを与えてくれる人は、色々なスキルや特技を持っている人よりも強い場合がある。

自己啓発

なんとなく、あいつは放っておけない、助けてあげたい、協力してあげたいという人が周りにいるんじゃないかと思う。
家族や好きな異性などの場合は、愛情や下心が入ってくるのでちょっと違うかもしれないけれど、純粋に何かをしてあげたくなる人はいると思う。

結論から言うと、そのような人たちは、与える喜びを与えてくれるんだと思う。

実はこれ、ものすごく大きな武器になる。
私は何も出来ないとか、何も持っていない、特技なんてないと言っている人ほど、この与える喜びを与えてくれるという大きな武器を持っていることがある。
恐らく、謙虚で、素直で、感謝の心を持っているからだと思う。

小さな子供にはついつい何かを与えてしまいたくなるけれど、それは純粋に喜んでくれるし、これ以上ない笑顔を向けてくれるからだと思う。
物理的にはこちらが与えているわけだけど、まさに与える喜びを与えてくれているのだと思う。
そのような人には、ついつい手助けをしたり、何かを与えたり、協力したりしてしまうものだと思う。

この武器は、色々なスキルを持っていたり、特技を持っている人よりも強い場合がある。
つまり、人を放っておけなくする力を持っているということになる。
だから、ハッキリ言って大した能力は持っていないのに、なぜか上司に気に入られたり、偉い人のグループの輪の中に入っていたりする人が居ると思う。
そういう人は、意識的にせよ、無意識的にせよ、大抵この武器を持っていると思う。

私自身も人を指導することがあるけれど、やっぱり指導しがいのある人もいれば、そうでない人もいる。
指導する側は、皆に平等に接するべきなのかもしれないけれど、そんな人はほとんど居ないと思う。
指導する側もやはり人間であるから、間違いなく私情は入ってくるし、指導しがいのある人の方に力を入れたくなるのは当然だと思う。

与える側はもちろん見返りを求めたりはしていないし、無条件に与えているのだと思うけれど、やっぱり与える喜びを与えてくれる人の方に力を注いだり、可愛がったりするのは当然だと思う。

だからこそ、謙虚さ、素直さ、感謝の心を持つことが大切で、それらの心を持っている人と持っていない人では、何かを与えてもらった時の態度や行動が変わってくる。
心が変われば行動が変わると言われるように、日々の行動や習慣を決定づけるのは間違いなく心や思考のあり方だから。

与える側も貴重な時間や資源を使っている。
決して見返りを求めているわけではないけれど、この人に与えて良かったと思った時は、やっぱり嬉しいものだと思う。

意図的に可愛がられようとする必要はないけれど、この原則は知っておいて損はないと思う。
例え何も与えるものがないと思っている人であっても、この与える喜びを与えるということは、誰に出も出来るということを覚えておくべきだと思う。

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