体にどのような栄養を摂取するかを考えるように、頭にも何を摂取するかを考えなければならない。

自己啓発

自己啓発の祖と呼ばれるナポレオン・ヒルの書籍に「思考は現実化する」という本があるように、普段考えていることの集大成が今の私たちです。
どんなビジョンを持ち、どんなことを感じ、どんな考え方をし、どんな意見を取り入れるのかで人生のほとんどが決まります。
それらの考えが前提にあり、それらをもとに行動するわけですから、これは揺るぎない事実だと言えます。

しかし普段私たちは、人生を決定づける思考という部分をおろそかにしがちです。

例えば食事なんかは、健康のためにバランスよく、体に良いものを食べようとする人は多いと思います。
逆に、体に良くないとされるものは出来るだけ避けようとする人も多いことでしょう。
それは、体に何を摂取すれば健康に良くて、何を摂取すると健康に悪いかということを気にしているからです。
つまり体という資本は大切にする傾向にあります。

しかし思考に関して、頭に何を摂取すれば良くて、何を摂取すると悪いかと考える人は少数派だと言えます。
思考とは人生を決定づけるものであるわけですから、本来は健康と同じように、あるいはそれ以上に、何を摂取し、何を摂取しないかを考えるべきものであるわけです。
だから、本来であればどんな意見を取り入れるのか、どんな情報をインプットするのかを考えなければいけません。
そしてそのためには、どんな人と付き合うのか、どんな環境に身を置くのかということを考えることも非常に重要になります。

しかし私たちはそれを深く考えないために、なんとなく耳にした情報を鵜呑みにしたり、なんとなく与えられた環境で、たまたま出会った人たちと付き合いを始めたりします。
そうすると、世の中に流される思考が出来上がってしまうわけです。

頭に何を摂取するかをよく考えていなければ、まず一番に常識という意見に翻弄されることになります。

世の中では当たり前とされていること、それが正しいとされていること、大多数の意見、これが常識という意見の正体です。
しかし、例えそれが一般的に正しいとされていたとしても、あなたにとって正しいかどうかは分かりません。
性格も違えば能力も違うし、得意なことや好きなことも違えば環境も違うわけです。
このように十人十色の中で、たった一つの常識という意見を採用さえすれば、全ての人が幸せな人生を送ることが出来る、なんてことはあり得ないわけです。
しかし常識というものは世の中で蔓延しているだけに、よほど強い意志を持っていなければ簡単に流されてしまうわけです。
何も考えなければ、まず一番に常識に思考は洗脳されると言えます。

そして次に、親族や親友など、身近な人の意見に流されやすいと言えます。

あなたが何かを始めたいと思った時、身近な人は、本心からあなたのためを思うからこそ、少しでもリスクがあるとあなたを今の位置にとどめておこうとします。
それは無理だ、危険だ、無茶だ、やめておいた方が良いという具合に。
これは決してあなたを妨害しようとは思っておらず、あなたのためを思って言ってくれているわけですが、だからこそ受け入れやすいと言えます。
このような意見はとても大切ですし、慎重に取り扱う必要はありますが、何も考えずにただそれらの意見を取り入れているだけでは、あなたはどこへも行くことが出来ないでしょう。

そして次に流されやすい意見としては、ネガティブな意見です。

実はこの意見は非常に強いパワーを持っていて、なおかつ世の中に蔓延しているだけに、身近な人の意見よりも気を付けなければいけません。
ネガティブな意見というものは、あなたが辛かったり、苦しい状況の時ほど簡単に侵入してきます。
ネガティブな意見は決して建設的ではなく、逆に破壊的なパワーを持っています。
それでも多くの人がネガティブな意見に囚われてしまうのは、その意見を取り入れた方が楽だからです。
他人を否定したり、出来事を否定したり、世の中を否定していると、自分は被害者であり、責任をどこかに転嫁できるからです。
しかし責任を転嫁するという事は、責任の所在は他者にあるという考え方であり、他者のあり方で自分のあり方が決まってしまうということになります。
つまり、自分の人生という船の舵を自分では取ろうとせず、他者に委ねている状態です。
これは最も危険な状況であるわけですが、しかし前述のようにその方がよほど楽であるために、多くの人は自分の船の舵取りを国や会社、上司や同僚、環境、条件などという名の他者に委ねてしまうわけです。
これもよほどしっかりとした意志がなければ、簡単にそれらの意見を取り入れてしまうことになります。

このように、人間の思考というものは、何も意識していなければ簡単に洗脳されてしまいます。

そうならないためには、まずは大前提として自分のあるべき姿、目指すべきところ、ビジョンを明確にする必要があります。
そしてその中で、栄養摂取と同じように、頭の中に何を取り入れるか、何を取り入れないかを判別する意識が大切になってきます。
付け足すならば、明確なビジョンが燃えるような願望に転嫁し、自分の信念となっていれば、何を取り入れるかなんてことは意識しなくても勝手に判別できるようになります。
だから、自分の心の深い部分としっかり向き合い、自分は何をしたいのか、どうありたいのかを明確にすることで、取り入れるべきものは取り入れる、取り入れてはいけないものを跳ねのける、そのような門番を作ることが出来ます。

思考の栄養について、考えてみてはいかがでしょうか。

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