人生とは打率ではなく打数だというのは真理。打席に立たなければ、結果は生まれない。

自己啓発

つい最近ニュースサイトなどで取り上げられて話題になった、佐藤尚之がnoteに書き綴った記事が素敵です。

人生とは打率ではなく打数だ|さとなお(佐藤尚之)|note
明日の言葉(その10) いままで生きてきて、自分の糧としてきた言葉があります。それを少しずつ紹介していきます。 ボクはある時期から、この言葉を大切にするようになった。 人生とは打率ではなく打数だ。 人生を打率で計ってはいけない。人生とは打数なのだ。 迷ったときは、打席に立つ。 空振りしてもいいから、恥をか...

「人生とは打率ではなく打数だ」というタイトルがつけられたこの記事には、人生の本質が書かれていると思います。

この記事だけで人生観が変わる人もいるかもしれません。
ぜひ読んでいただきたいと思います。

私も、人生とは打率ではなく打数だという言葉に共感します。

しかし多くの人は失敗が怖くて、または他人の目を気にして打率を気にしてしまいがちです。
失敗することは良くないことであり、失敗は自分の評価を下げてしまうと考えるからです。
確かにそういう一面もあるでしょう。

しかし、打率を気にしているからこそ多くの挑戦から逃げてしまい、そのたびにチャンスを逃してしまうわけです。
このことに気づかなくてはいけません。

自信が無くても、三振する確率が9割以上あったとしても、その打席に立っていればとてつもない成功が待っていたかもしれないのに、人はその打席を簡単に見逃してしまいます。
むしろ、チャンスであればチャンスであるほど、その打席を見送ろうとするかもしれません。

絶好のチャンスであればあるほど、失敗することが怖くなるわけです。
チャンスを見逃す人というのは、そういうものなのかもしれません。

打率を気にすることも大切なことかもしれませんが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるという言葉もあるように、人生の場合はとにかく数をこなすことが重要です。

その100発のうち、もしくは1000発のうち1発でも当たれば大きな成功を生んでしまうのが人の人生というものです。

そしてはじめのうちは確かに下手な鉄砲かもしれませんが、1000発も打てば名人にさえなれるかもしれません。

初心者のうちはダメで当然、失敗して当然なのです。
そこであきらめて打席に立たなければ、当然成功を掴むことは出来ないわけです。

三振でもいいからとにかく打席に立たなければ、結果は生まれないわけです。

結果とは何かをすることで初めて生まれるものです。
何もないとこから結果は生まれません。

成功の反対は失敗ではなく、挑戦しないことだとよく言われるように、何もしなければ何も始まりません。

失敗して何らかの痛手を食らうことは確かにありますし、それに恐怖を感じることは仕方のないことです。
しかし、もしあなたが何らかの成功を遂げたいと思っているのであれば、その痛手を食らうリスクよりも、何もしないことでチャンスを失うリスクの方に恐怖を感じなければならないでしょう。

よくチャンスは足元に転がっていると言われますが、これは打席に立ち続けた人だけが気づくことのできるものなのだと私は思います。

野球では1試合に3打席~5打席と限られています。
また、監督が起用するかしないかで打席に立てるかどうかも分かりません。

しかし人生にはその制限はありません。
何度だって、自分の意思次第で打席に立てるわけです。

自分の意思次第で成功を掴むチャンスは作れるわけです。

このチャンスを自ら見送ることがどれだけもったいないかということは理解しておかなければならないのではないでしょうか。

私たちはその気になれば、いつだって打席に立てるという自由を持っているわけです。

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