私には高いハードルを越えられるような能力はない。ただ、だれにでも越えられる低いハードルをたくさん見つけてきただけだ。

名言

私には高いハードルを越えられるような能力はない。
ただ、だれにでも越えられる低いハードルをたくさん見つけてきただけだ。

- ウォーレン・バフェット –
(アメリカの投資家、経営者、資産家。投資の神様、世界一の投資家と呼ばれる。)

毎年フォーブスが発表する世界長者番付に常連として登場し、2019年度の長者番付では3位(資産総額825億ドル=日本円で約8兆8835億円)である、投資の神様と呼ばれ、世界一の投資家とも呼ばれるウォーレン・バフェットの言葉ですが、そのような人にこのような謙虚な言葉を言われてしまうと、私たちはもっと謙虚である必要があり、自分の足元をしっかり見なければならないという思いに駆られます。

私はウォーレン・バフェット自身がそもそも謙虚な人だと思っています。
しかしこの言葉は謙虚に発した言葉ではなく、バフェットの本心であり、核心であると思っています。

私たちはついつい大きな夢を見ては、その大きな夢を達成出来ない理由を探してしまいがちですが、実は足元を見れば、やれること、やるべきことは山ほどあるのではないでしょうか。

しかし、それを見ようともしないで、あるいは探そうともしないで、出来ないと決めつけてしまっているだけなのではないでしょうか。

これは自分の可能性を自分自身が勝手に殺してしまっているとも言えます。

大きな目標を掲げることはとても素晴らしいことだと個人的には思います。
しかし、あまりにもその目標だけを見てしまうばかりに、誤った視点を持ってしまい、焦点がボケ、本当にやるべきことや出来ることを見失っているのではないかと思います。
灯台下暗しとも言われるように、本来やるべきことは足元にたくさんあるのではないでしょうか。

私の最も尊敬する歴史上の人物、二宮金次郎の言葉に、
およそ小人の常、大なる事を欲して小なる事を怠り、出来難き事を憂いて出来易きを勤めず。それ故、ついに大なる事をなす能わず。
という言葉があります。

これは、大きなことを求めるばかりで、出来ないことばかりに目を向け出来ない出来ないと言い、目の前の出来る小さなこと見ようともせず、それに懸命になる事をしない。
小さな事もしない結果として、当然大きな事も成し遂げることは出来ない。

という意味です。

ウォーレン・バフェットにしても、二宮金次郎にしても、大成した人物であることは間違いありませんが、どちらも共通して述べていることは、出来ることをしっかりとやること。

今は成功している人たちも、決して生まれた時からあなたより特別で優れていたわけではありません。
長期的な目線を持ちながらも、今自分に出来ること、足元にあるやるべきことをしっかりやってきた結果、大成したわけです。

自分に出来ることをとにかくやり続けること、そして自分に出来ることを探すことが大切なのではないでしょうか。

足元を見ても、自分に出来ること、やるべきことが見当たらないこともあるかもしれません。
しかし、そこで出来ないと言ってしまえばそれまでです。

重要なのは出来ることを「探すこと」です。

何もかも与えられたことを実行するだけで成功するならだれも苦労しません。
差が生まれるのは探すか探さないかではないかと思います。

探せば出来ることはいっぱいあるはずです。
そのほんの少しの違いが大きな違いをもたらすのではないでしょうか。

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