教育

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学校の勉強の大半は役に立たないけれど、社会人の勉強時間が6分しかないということの方が問題。

少し古いけれど、平成28年に行われた総務省の社会生活基本調査によると、社会人が1日のうち勉強にあてている時間は平均で約6分だという調査結果が出ている。そして社会人になってからも勉強をしている人の割合は約3割弱だという調査結果も出ている。役に立たない勉強をさせている学校にも問題があるけれど、やらされなければ役に立つ勉強さえしないことの方がもっと問題だと思う。
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自分の価値観、自分の物差しで人を測ってはいけない。その物差しが正しい根拠はどこにもない。

勉強が出来るか出来ないかという世界だけで見れば、確かに出来が悪いのかもしれませんが、例え血のつながった息子であったとしても、人の価値をそんな偏ったものしか測れない物差しで測ることに問題があります。つまり、息子さんよりもその物差しが悪いし、人を自分のゴリゴリに凝り固まった狭い価値観だけで作った物差しで測ろうとすること自体が間違っているわけです。
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子供のおこづかい事情。常識とされている子育て方法や、専門家の言う教育方法が正しいとも限らない。

ある書籍では、子供におこづかい制を取り入れるなら、お兄ちゃんだから、お姉ちゃんだから、弟だから、妹だから、何歳だから、という理由で金額を決めるなと言っています。一方、また別の人は、働かなければお金をもらえないという考えだけでは良くない、お金は苦労して汗水流さなければ得られないという思考に縛られるのは良くないことだと言っています。
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子供は親の言動、思考を敏感に感じ取るもの。本当に子供のために叱っていますか?叱る理由の焦点がズレてはいませんか?

子供が小さいうちは、誰でも愛情をもって、子供の身を危険から守るため、子供の将来のために注意したり、叱ったりしているはずです。しかし、いつしかその注意は子供の将来のためではなく、言う事を聞かないからとか、自分の思い通りに動かないからという理由で叱っていることがあります。叱る理由の焦点がズレてきているわけです。
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親という漢字は、木の上に立って見ると書く。しかし今は子供の人生に、木の上からノコノコ下りてきて口をはさむ親が多い。

子供に期待すること自体は別に構わないと思うし、自分の子供だからこそ幸せになってほしいと期待する気持ちも分かります。しかし、期待するのは親の勝手であり、子供には関係の無いことだとも言えます。つまり、期待して見守るのはいいけど、期待して押し付けるのは良くないと思うわけです。子供の将来のために、習い事や勉強をする環境を整えてあげることは非常に素晴らしいことだと思いますが、そもそも子供はそれを望んでいるの?という部分が疑問です。
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子離れ出来ない親は子供の自主性を奪いかねない。

小さいうちからあまり「あれはダメ、これはダメ」と言っていると、なぜそれがダメなのか理解する前に、「ママがいいって言ってたからいいんだ、パパがダメっていったからダメなんだ」という風に、子供にはインプットされてしまうかもしれません。そうなると、良いのか悪いのか教えてもらわないと動けない人間、指示してもらわないと動けない人間になってしまいます。
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鬼がくる!ついついやってしまう脅す教育は子供にどのような影響を与えるのか。

ついつい子供だからと、冗談半分に脅す教育をしがちですが、子供にしてみれば本当に鬼に連れて行かれてしまうとか、想像を絶する怖い思いをするとか、死さえ意識してしまうほど怯えているのかもしれません。子供のために早く寝かさなければならないという理由で早く寝かしているはずが、いつしか早く寝てくれないと、と親の都合に変わっているのでしょう。
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子供にお金の教育は必要?不要?

私は家に帰っても仕事ばかりをするものですから、はじめのうちは遊んでほしいと言ったり、パソコンを触りにきたりと、邪魔ばかりされていたのですが、私からも妻からも、仕事をすることでお金を得ることが出来、お菓子を買える、遊びに行ける、旅行に行ける、外食に行けるなどと話をするうちに、仕事中は一切邪魔をせず、他の遊びをするようになりました。
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しつけと支配は違う。子供であろうが大人であろうが、しつけには無条件の愛が必要。

自分ではしつけのつもりであっても、結局は子供が将来正しい道を進み、自立できるように叱っているのではなく、子供が自分の思い通りに動くよう怒っていることが多いと感じます。そして、私自身の持論なのですが、やはり子育てと部下を育てることはかなり近いと思っています。どれだけその子に、自分の利益を考えず、無条件の愛情をかけて教えることが出来るかで、その子の将来が決まると言ってもいいぐらいです。
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お金を支援することは引きこもり問題の解決にはなりえない。

先日このブログで書いた記事の中に、私自身の貧乏エピソードを書いた記事がありましたが、その貧乏を生んだのもこの病のせいだと言っても過言ではありません。私もその病が重かったときは、いつまでも引きこもっていたかった。しかし、そんな余裕がないのです。生きていけないのです。外に出て、働くしかないのです。毎日めまいがし、過呼吸になり、吐きました。それでも生きていくためには外に出て働くしかなかったのです。