哲学

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自分さえよければ他人はどうでもいい?世のため人のためはキレイごと?

人間は一人で生きているわけではなく、他人と共存して生きています。他人と共存して生きているという事は、多かれ少なかれ他人の影響も受けるという事です。自分の人生と他人の人生は密接につながっているということです。だから、自分一人の幸せというものはあり得ないわけです。何かをしてあげても何の見返りも無いこともあるでしょう。しかし、時には無条件の奉仕も必要です。
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運が悪い人はいない。感謝すべきことに気づけば、自分は運が良いことに気づく。

自分が不運だとか不幸だとかツイていないと思い込んでしまう人は、自分がどれだけ恵まれているかを理解していないわけです。理解していれば、絶対に起きた不幸の数よりも恵まれている幸福の数の方が多いんです。まずはそれに感謝することです。そうすれば、必ず自分が恵まれている、運が良いことに気づくはずです。
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人の話は最後まで聞くべし!それは最低限のコミュニケーション!

話の途中で否定されると、「何クソ」と思ってしまいがちですが、話しを最後まで聞き終えてからの否定は意見の交換になるわけです。別に否定する必要が無いのであれば、否定しなければ良いわけです。すると受け入れ態勢が整っている相手は、あなたの話、あるいはあなたの言動を受け入れやすくなるというわけです。人の貴重な意見も聞けて、あなたの信頼まで上がるわけですから、人の話を聞かない理由ありません。
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人は安全を確保したいから自分の意見を押し殺す。しかし、それが安全である保障はどこにもない。

人の意見に対して、決して自分の意見は主張せず、なんでもハイハイという事を聞くイエスマンを見てどう思うでしょうか。安全な方を選択しながら人付き合いをしているつもりでも、実はその一貫性の無さが周りからの信頼を下げることになり、人から避けられる原因になることもあり、上辺だけの薄い人間関係しか築けないことにもなるわけです。
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何事も自己責任、その覚悟が自由を生む。

私たちを苦しめる根底に社会の常識というものがあり、そしてその常識からはみ出してはいけないという常識があり、国や会社、他人に依存して生きていくべきだという常識があるために、私たちは惑わされ、知らず知らずのうちに自由を失ってきているわけです。その常識を打ち破るカギは、自己責任であるわけです。全てを自分の責任だと思い、その覚悟を持つことで自由は広がります。
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神様仏様はいない?神様仏様は自分の心の中に居るものである。

「仏壇の中に仏様はいてるけれども、あんなものは所詮どこかの職人さんが木を掘ったものだ。そんなものは仏様ではない。もしあれが本当に仏様ならば、横に供えている花は仏様の方に向かって供えなければならない。しかし、仏様から見れば、花の裏しか見えず、葉っぱしか見えない。だからあれは拝む人の心に向かって花を供えている。つまり仏教というものは、拝む人の心の中に極楽があり、仏があるんだという教えなんだ。」
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その行動はありがた迷惑?相手にとっての良いことと、自分にとっての良いことは違う。

お医者さんは処方箋を出す前に、必ず問診をします。相手の病状を知ってから処方箋を出すわけです。こんなことは当然の事であり、そうでなければ怖くて出された薬なんて飲めません。しかし私たちはこの当然のことを忘れてしまい、問診をする前に処方箋を出そうとするわけです。問診もしないで、私はこの薬で治ったんだから、あなたもこの薬で治るはずだと言っているのです。
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人を見下してしまうのは性格のせいじゃない。その本質的な理由とは。

人が人を見下してしまう理由はすごく簡単で、性格が悪いとか馬鹿にしているとかではなく、本質的な原因は人と自分を比較してしまうからです。比較するということは、必ずどちらかが上で、どちらかが下という、勝手な優劣をつけてしまうわけです。そして人と自分を比べてしまう理由は、自分の核となるものや方向性、羅針盤のようなものが無いからです。
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なぜ悪口を言うのか?本人が気づいていない愚かな考え方とは?

そもそも人の批判や悪口を言うというのは、最も頭を使わず、人に注目してもらう方法であるわけです。そして、悪口を言う人は、自分はその人より優位性があるということや、周りの事をよく理解しているということをアピールし、そのことで人に承認してもらおうとしているのだと思いますが、その考えが最も愚かであり、そのこと自体が自分の人間性と信頼を落としていることに気づいていないわけです。
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人間関係において悩まされるなら、時には逃げることも大切。

有名な心理学者、アルフレッドアドラーは、「人生のあらゆる問題は人間関係の悩みである」と述べています。それほど、私たち人間にとって対人関係とは大きなものです。そうであれば、人間関係さえなければ、私たちは悩みを持たずにすむ、ということになります。しかし、完全に人間関係を断ち切ることは出来ませんし、出来ることなら誰とでも友好な人間関係を築きたい、だから私たちの悩みは尽きないのではないかと思います。