哲学

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成長のプロセスには順序があり、それを飛ばすことは出来ない。

まずは自分自身の人格の土台を作り上るげるという基礎を身につけ、器を大きくしなければなりません。なぜなら、どんなものであれ自分が得られるものとは、その器の大きさの量しか得られないからです。もし自分の器よりも大きなものを得ようとすると、そこで無理が出てきて上手くいかないわけです。いわゆるキャパオーバーですね。つまり、自分の器の大きさの分しか受け取れない、これも原則なわけです。
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人を変えることは出来ない。自分の中にあるものに集中することが大切。

人が変わる時は、自分の意志で変わるものです。ドアを何度もノックしたり、こじ開けようとしたところで、人はさらに施錠を強化するだけです。人が変わる瞬間は、自らドアを開けた瞬間だけなのです。北風と太陽の話でもあるように、その人がそうしたいと思わない以上、コートを脱ぐことはないし、変わろうと思うことはないわけです。
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仕事や経済力は大切。しかし、それら全ては人生をより良いものにするツールに過ぎない。

私の場合は、ちょうど1年前ぐらいに、当時4歳の娘に悪性腫瘍の疑いがあるということがありました。私がその時に思ったのは、ずっと娘のそばについていてあげたい。いや、娘のそばにいたい。そのように考えていました。しかし、仕事は休めなかったのです。その時に私の中で「なぜ?」という疑問が付きまとっていました。なぜ私はこんな時に仕事をしているのだろう。なぜ私はこんな時に娘のそばにいられないのだろう。
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人に合わせるのが疲れるのは、自分の考え方に自信が無い証拠。

先日ある友人が、「最近職場の人に合わすのが疲れる」と言っていました。私は基本的に人に合わす必要は無いと思っている人間なので、「人に合わせる必要は無いよ」と伝えました。しかし、そのあたりを話していると、どうもその友人は人に合わせることに疲れているというのは表面的なことで、人に合わせないことや、他人と違う意見を持つことで、悪口を言われたり嫌われたりすることに恐れているということが分かりました。
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どんな立場の人間であれ、やはり人は一人の人間として尊重されるべきであり、自由である。

私自身は女性であろうが男性であろうが、性別は関係なく一人の人間として尊重されるべきであり、自由であるべきであると思ってはいるものの、確かに知らず知らずのうちに常識に洗脳され、良き妻であることを褒めたり、良き母親であることを褒めたり、そういう部分を尊敬したりしているかもしれません。一見それは労をねぎらってかけている言葉に聞こえるし、私自身もそういうつもりで声をかけたりしますが、言われている本人にとっては重圧に感じてしまうものなのかもしれません。
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「家族のために頑張ってる」は絶対NG!誰かに尽くす本当の理由は自分がそうしたいから。

よく、家族のために頑張るとか、子供のために、恋人のために、○○のためにという言葉を聞きます。もちろん、家族のために、世のため人のために何かをすることは素晴らしいことだと思います。しかし、○○のためにというのは、結局自分のためでもある、と私はいつも思います。本当は〇〇のためにという言葉の上に、大体自分の感情が入るはずです。
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人には人の幸せの形がある。幸せとはこういうものだという決めつけは大嫌いだ。

私自身、よくこのブログやツイッター(@KatsuTouch)などでお金は大事と言っているが、それが幸せに直結するとも思っていない。だから、幸せとはこういうものだという決めつけは大嫌いだ。自分の信じる幸せの道を歩めばいいと思う。ただここで言えることは、最低限自分の幸せとは何かということに向き合わなくてはならない。これだけは必須であると思っている。
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性格ってなんだろう?妻と話していて思ったこと。

性格なんて自分にも分からない。そもそも性格ってなんなんだろう?性格なんてものは他人が勝手にその人のことをそういう風に映し出した像にすぎないんじゃないだろうか?こういう人間、こういう性格というように人を見るべきではないんだろうと深く感じた。自分の勝手な色眼鏡はしまっておき、今、その人の考えていることや言動を真剣に見るべきなんだろう。
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お金が無いと幸せにはなれない?お金が無くても幸せになれるのだろうか?

今あるものに感謝できる人格の持ち主と、満足してしまう人は違うのです。つまり、足るを知ることと今の状況に甘んじることは違うということです。足るを知る境地でいる、つまり今あるものに感謝しつつ、未来をより豊かに、より幸せなものにする努力は必要なのです。