自己啓発

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ビジョンなく人生を歩むのは、一生懸命さまようことに等しい。

みんな頑張っているわけです。みんな一生懸命生きているわけです。しかし、確かに頑張ってはいるんだけれども、目指すべきビジョン、腹の底から得たいと思える明確なものが見えていなければ、一生懸命さまよっていることとほぼ等しいわけです。一生懸命、血眼になって出口を探しているわけです。自分の目指すべきこと、あり方が見えていないとはそういうことです。
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自意識はただの妄想?他人はそこまで気にしていない!人生に制限をかけてしまう自意識過剰とは。

また、仮に自分の行動で他人に迷惑をかけてしまったとしても、そもそも人は一人では生きられないもので、支え合え、助け合い生きるものです。それこそが人の生き方であり、時には迷惑をかけて尻ぬぐいをしてもらったり、助けてもらったとしても良いのではないかと思います。今度、その人たちに何かが起こったなら、助けてあげれば良いだけです。それが恩返しであり、困ったときはお互い様であるわけです。
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あなたは10年後も同じように、あの時にもっと頑張っておけば良かったと思う生き方をしていませんか?

私は20代の自分自身が本当に嫌いで、情けなくて、なんてもったいない日々を過ごしていたのだろうと、思い出してはいつも後悔しています。だからこそ、同じ過ちはしまいと、人よりもその思いは強いと思います。こう考えていたとしても、やはり10年経ったら、あの時もう少し踏ん張っていればとか、もっと知識があったらとか、もっと視点を変えていたらなどと思うんじゃないかといつも疑っています。
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起きる出来事を自分で決めることは出来ない。しかし起きた出来事にどのように反応するかは決めることが出来る。

フィギュアスケート・GPファイナルでネーサン・チェン選手に敗れ、2位となった羽生結弦選手の記事がありました。その記事の中で、「もちろん全部自信につながるものになったし、いろんなことを考えるきっかけになった」 「ネーサン選手が素晴らしい演技をしなければそういう風に学ぶこともなかったし、強くなろうとも思わなかったと思う。感謝してます」という、ライバルに対して感謝するコメントが紹介されていました。
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知識は力なり。人生死ぬまで勉強である。

政治や経済は私たち一般庶民がどうこう言って変わるものではないですし、なるようにしかならないかもしれません。しかし、それを知っておくことは非常に大切です。なぜなら、私たち一般庶民はいわゆる小さなミクロの世界で生活していますが、その小さなミクロの世界は大きなマクロの世界の動向次第で大きく揺り動かされるからです。
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何事もやってみなければ分からない。やらないことは人生の大きな機会損失となる。

「塩の辛さ、砂糖の甘さは学問では理解できない。だが、なめてみればすぐ分かる」あの経営の神様と言われる松下幸之助さんでも、何事もやってみて、経験してみないと分からないということです。たった一度のトライによって、その後の人生が劇的に変化する場合もあります。考え方が180度変わることがあります。視野が大きく広がることがあります。
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今がどれだけ自由な時代か再認識しよう。士農工商えたひにんのような呪縛はない。

時代をさかのぼること約300年。江戸時代では「士農工商えたひにん」という身分制度がありました。生まれた時から死ぬまでその身分であり続ける必要があるわけです。言わば、その仕事を全うするためだけに生かされていたわけであり、人生すべてを決定づけられていたわけです。私たちがどれほど自由な時代に生きているかを再度認識すれば、少しは自由に向けて動けるのではないかと思うのです。
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江原啓之さんに学ぶ不幸になる人の3原則。

不幸になる人”の3原則があります。「自己憐憫」「責任転嫁」「依存心」。この3つに共通することは、自立していないということです。つまり、自分の力で運命を変えるつもりはなく、こういう運命だから私の人生は上手くいかないという態度の人であるということです。「自己憐憫」「責任転嫁」「依存心」のどれもが、自分は悪くなく、周りや環境が悪いのだという考え方から生まれるものです。
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自分を正しく知ることが、人生における全てのパフォーマンスを最大化することにつながる。

汝自身を知れという言葉があるように、自分自身をすることは非常に重要なことです。何事も自分が好きなこと、嫌いなこと、得意なこと、苦手なこと、自分のレベルを知ることで自分のパフォーマンスを最大化することが出来ます。がむしゃらに行動することも大切ですが、自分自身をきちんと知りもせずに行動すると、なかなか上手くいきにくいと言えます。
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なぜ人は自分らしさを見失うのか。それは世の中の歪んだ鏡に映し出された自分の姿を本当の自分の姿だと思い込んでしまうからである。

あなたは本当の自分自身を理解しているでしょうか。自分の事を分かっているようでも、あなたはどんな人で、どうなりたくて、どのような考え方を持っていますか?と聞かれると、意外と困惑するものです。その理由は第一に自分と向き合う時間が少ないということがあげられるでしょう。そして次に、自分と向き合う時間が少ないからこそ、世の中の歪んだ鏡に映し出された自分の姿を本当の自分の姿だと思い込んでしまうということがあげられると思います。