自己啓発

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あなたの人生のピークが過去の自分であってはいけない。今、そして未来であるべきである。

過去が良かったということは、今はそれ以下だと認めていることに他なりません。成長し続ける人は過去の栄光を語るのではなく、未来を語ります。まだまだ成長する意欲がある人や、何かに向かっている人のほとんどは、未来の大きなビジョンを見て、その中にいる自分の姿を見るからこそ、今が一番充実しているのであり、さらに未来の自分の充実している姿を見るわけです。
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人は満足してしまった瞬間成長が止まる。その根本的な理由とは。

人はどこまで成長し続けることが出来るのか、またはいつ成長が止まるのでしょうか。よく言われる言葉に、人は満足したらそこで成長が止まってしまうという言葉があります。貪欲に成果を求め続ける間は、人はいつまでも成長し続けます。しかし、満足してしまった瞬間、そこで成長が止まってしまうわけです。このことは、間違いない事実だと私は思っています。
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何気ない悪口がどれほどあなた自身に不利益を与えるか。

一番身近でその悪口を聞いている人が居ます。それはあなたの悪口を聞いている周りの人たちです。仮にあなたと一緒になってある人物の悪口を言い合っていて、盛り上がっていたとしても、決して周りの人はあなたにいい印象を持ちません。その人たちはあなたにいい印象を持つどころか、私が居ないときはこういう風に悪口を言う人なんだろうなと感じるわけです。
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実るほど頭を垂れる稲穂かな。

この「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という言葉は、ご存知の通り、稲が生長し、その実が実れば実るほど垂れ下がっていく情景を人と重ねた言葉です。稲は緑で若いうちは真っ直ぐ天に向かってすくすくと成長していきます。そして雨や風、寒い日、暑い日を乗り越えて成長し、やがて実をつけるものです。人間も同じ。若いうちはただ真っ直ぐに伸びていき、時には社会の荒波にもまれ、その中で成長し、人としてのそれぞれの実を実らせるものです。
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行動できない理由は外的要因ではなく、自分自身の心の中にあるブレーキが原因である。

あなたは頭の中では理想のイメージがあるのに、行動できないばかりに思い通りにいかないという経験はないでしょうか。もしかすると、今でもそうだという人もいるかもしれません。では、そういう人はなぜ行動できないのでしょうか。結論から言ってしまえば、行動することが億劫なのです。ただそれは、意志が弱いとか、面倒くさがり屋とか、そういう単純なものではありません。
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ノミのサーカスの話をご存知でしょうか?

ノミのサーカスとは、ノミを蓋をした瓶の中に入れておくと、しばらくは逃げようとして一生懸命高くジャンプしますが、何度も見えない蓋にぶち当たっているうちに、とうとうあきらめてしまいます。そしてノミを瓶の外に出して蓋が無い状況にしても、一度高くジャンプすることを忘れたノミは、瓶の高さまでしか飛べなくなってしまうという話です。
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生き残ることのできる生きものは最も優れた生態能力を持った種族ではなく環境の変化に順応できる種族である。

流れというものは相当な力を持っているもので、流れに乗れば何もしなくとも進んで行きます。しかし、流れに逆らえばどれだけ一生懸命泳ごうとも、ボートを漕ごうとも、はたまた大きな船であろうとも、なかなか前に進むことは難しくなります。流れとはそれだけ大きな力を持っているものです。エンジンのついた大きな船であっても、つまり、優れた生態能力を持った人でも、やはり流れに乗れなければいつか力尽きてしまうわけです。
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やる気の原動力は目標だけではない。危機感から生まれるやる気も強い原動力となる。

人間上手くいくこともあれば上手くいかないこともあります。やる気がある時もあれば、やる気が出ないときもあります。好調な時は何をやっても上手くいき、常にやる気満々かもしれませんが、不調な時に這い上がり、やる気を出すのはなかなか難しい場合があります。たとえ夢を持っている人でも、時にはその夢が霞んでしまい、やる気の原動力にならない場合があるでしょう。
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真剣勝負の語源のように、本当に真剣な姿で何かに取り組でいるだろうか。

真剣とは読んで字のごとくですが、真剣=本当の剣のことです。だから真剣勝負という言葉があります。これは真剣で勝負するということで、一太刀が命に関わる勝負の事です。しかし、私たちは真剣、真剣と言いながら、本当にこの語源のような真剣な姿で何かに取り組んだことがどれだけあるでしょうか。失敗することもある、まぁいいや、こんなもんだろう、では済まないのが真剣勝負です。
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松下幸之助のみかんの逸話。経営の神様はやはり人格も半端じゃない。

ご存知の方が多いであろうこの逸話で分かることは、経営の神様と呼ばれる松下幸之助さんは、やはり謙虚で、決しておごらず、常に感謝の気持ちを持っているという人格者であり、どんな時も人間のあるべき自然体の姿で生きていたということでしょう。やはりこの姿を見習いたいものです。私たちは仮に社会的に偉くなったとしても、一人間であるわけです。