常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。

名言

常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。

- アルベルト・アインシュタイン -
(ドイツの理論物理学者。相対性理論を提唱し、ノーベル物理学賞を受賞。)

〇〇してはいけない。
〇〇するべきだ。
私たちはこのように、小さいころから常識を教え込まれます。
アインシュタインは18歳までに身につけたと言っていますが、大人になった今でも、親や親せきから、会社から、あらゆるところで常識というものを叩きこまれます。

もちろん常識というものは大切なものでもあり、ある意味常識が私たちの羅針盤になっているから、難しく考えたり悩む必要は無く、その羅針盤の差す方向に何も考えずに進むことが出来ます。

しかし、覚えておかなければならないことは、常識というものはあくまで勝手に作り上げられた取り決めであって、常識それ自体に実態があるもわけではなく、ましてや正解ではないという事です。

郷に入っては郷に従えという言葉があります。

これは、その土地やその環境に入ったなら、そこでのやり方に従うのが賢い生き方であるという意味です。
そこには、何も知らない人が入るととんでもない常識がまかり通っています。
最初は驚くことでしょうし、なかなか馴染めないこともあると思います。
しかしある程度の期間が経つと、そこでのやり方にだんだん慣れてきて、いつしか自分もその常識が身に着きます。
その方がやりやすいからです。
これはあくまでその土地や環境での話であり、他のところではやはり変だと言われることもあるでしょうし、もちろんそれが正解というわけではありません。
ただ自分自身がその土地や環境のやり方に合意しただけに過ぎないわけです。
そこでだけまかり通っている、そこの人たちによって作り上げられた空間です。
それがその土地での常識です。
そして、ただその範囲が広がったのが、日本の常識であり、世界の常識であるわけです。

つまり、実態があるわけでも、それが正解なわけでもなく、ただその人たちが合意しただけの空間であるわけです。
世の中の常識とは、いつしか勝手に作り上げられた仮想空間であるという事を忘れてはいけません。

常識に習うことはあっても、服従する必要はありません。

勝手に作り上げられた空間である常識に、合意するかしないかは自分自身が決めればいいことです。

しかし、そのことをよく理解していないと、これは良い、あれは悪い、こうあるべきだ、それは出来ない、それは無理、という世界になんとなく、自分でも知らない間に合意してしまい、その先入観を刷り込まれてしまいます。
そして今、自分には出来ない、無理だと思っていることがあるならば、すでにそれは常識という仮想空間に、その先入観を刷り込まれているだけなのかもしれません。

そうであれば、これは常識に刷り込まれたただの思い込みであると疑ってみた方が良いと私は思います。

私たちの可能性は、そんな仮想空間で作り上げられた常識なんかよりも、もっともっと、はるかに大きなものです。

自分の行動に制限をかけているのはやっぱり自分の思い込みであって、自分の能力や現実ではないと思った方が良いと言えます。

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