同じ景色を見ていても、どこにピントが合っているかで見え方は違ってくる。

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哲学

私たちは同じ世の中に生きていて、同じ世界を見ている。
にも関わらず、世の中の捉え方は人それぞれ違う。
また、同じ世の中に生きていて、同じ世界を見ているのに、歩む方向も違えば、その結果も違う。
ほとんど同じ景色を見ているのに、何もかもが違ってくる。

きっとこれは、見ている景色は同じだけれど、どこにピントが合っているのかの違いなのだと思う。

全く同じ景色を見ていても、ある人は木を見ていて、またある人は空を見ていて、またある人は地面を見ているのだと思う。
目の前を見ている人もいれば、5m先を見ている人、100m先を見ている人もいる。
つまり、同じ景色の中でも、ピントが合う場所は無限なのだと思う。
そのピント次第で、世の中の捉え方も変われば、歩む方向も結果も変わってくるのだと思う。

そうであれば、どこにピントを合わせるのかは非常に大切になってくると思う。

よく、私の周りの人にはろくな奴がいないとか、レベルが低すぎるなんて言葉を聞く。
けれどそれは、その人自身がそこにピントを合わせているのだと思う。

私たちは見たいものを見ることが出来る。
それと同じように、人生のどこにピントを合わせるのかは自分自身で決めることが出来る。

周りにろくな人がいないのは、自分自身のピントがそこに合っているからだと思う。
ピントが違うところに合っていれば、それらの人は見えないものであり、それらの人に意識が行くことも、周りに集まってくることもないはず。
逆に、私は周りに恵まれていると思う人は、そこにピントが合っているから、そのような人にばかり意識がいき、そのような人たちが集まってくるのだと思う。

類は友を呼ぶという言葉もあるように、自分の周りには自分と同じような人たちが集まってくるものだと思う。
それは、自分と同じ目線で、同じ景色を見ていて、ピントの合う人の方が話が合い、共感しあえるからだと思う。
つまり、波長が合うのだと思う。

どこにピントを合わせるかは自由。
自分がそれでいいのであればそれでいい。
けれどもし、現状に不満がるのであれば、それは周りが悪いわけでもなく、環境が悪いわけでもなく、意識的にせよ無意識的にせよ、今まで自分が合わせてきたピントが悪いのだと思う。
そうであれば、やはり意識的に、自分が見たい景色にピントを合わせていかなければならないと思う。

人生のピントをどこに合わせ、どんな景色を見るのかは、とても重要なことだと思う。

違って見えるから違って感じ、違って感じるから違う行動になる。
そして違う行動になるから結果が変わり、その結果によってまた見え方が変わるのだと思う。

どこにピントを合わせるかは自由だけれど、そのピントはとても重要なものであり、そのピントが今の自分、そして未来の自分、そして自分の身の回りや環境までを決定していくものだと思った方がいい。

自分が見たいものにしっかり照準を合わせることが大切だと思う。

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