学校の勉強の大半は役に立たないけれど、社会人の勉強時間が6分しかないということの方が問題。

教育

日刊SPA!の記事にて。
「時代に合わせた変化」を遠ざけがちな、日本の教育
という記事があがっていた。
これは2チャンネルの開設者で有名なひろゆきこと西村博之氏のコラム。
記事中には、
社会に出てから役に立たないことを、無駄に学習させられる子供たちは、かわいそうですよね……。
というひろゆき氏の言葉がある。

確かに、この日本の教育体制については色々な意見がある。
子供たちも、こんなこと勉強して何の意味があるの?という疑問を抱いている子も多い。
学校の勉強をしたところで、そのほとんどは社会に出てから役に立たないことが多い。

しかし、何もこれは今に始まったことではない。
私は1986年生まれですが、その当時から学校の勉強なんて役に立たないと思っていたし、私よりも前の世代も同じだったと思う。
それでも基本的に学校で教わることは何も変わっていない。
何十年も変わっていない教育方針が変わるということはなかなかないと思う。
そうであれば、学校の勉強なんて意味がないと言ったり、もっと教育体制を変えたらいいのにと言うよりも、自分が社会に出て何を学ぶべきか、そして子供に何を教えるべきかを考えることの方が大切だと思う。

少し古いけれど、平成28年に行われた総務省の社会生活基本調査によると、社会人が1日のうち勉強にあてている時間は平均で約6分だという調査結果が出ている。
そして社会人になってからも勉強をしている人の割合は約3割弱だという調査結果も出ている。

役に立たない勉強をさせている学校にも問題があるけれど、やらされなければ役に立つ勉強さえしないことの方がもっと問題だと思う。
社会人になってからも学校の勉強は役に立たないと思っているなら、学校の教育課程を修了したからこそ、今度は自分にとって大切になる勉強をすればいいと思う。
だけど、調査結果にも出ているように、ほとんどの人は学校の教育課程を修了した途端に勉強をしなくなる。
学校の勉強がどうとかよりも、その方が大問題だと思う。

学校の勉強は役に立たないと思っているのであれば、それを前提に自分で学ぼうとする姿勢が大切なんだと思う。
そのように、自分で学ぶことの大切さを知っていれば、子供たちにもそのことを教えることが出来る。
学校で学べないことは、親が教えてあげればいいと思う。

学校の教育方針を批判したり、期待したところで、きっと何も変わらない。
そうであれば、変わらない現実を見ながらどうしていくかを考えることのほうがよほど大事だと思う。
そう考えると答えは簡単で、学校で学べなかったことは自分で学べばいいし、子供が学校で教わっていないけれど大切だと思うことは親が教えてあげる。
その方が、学校の教育方針が変わることを願うよりもよほど現実的だと思う。

ちなみに、私の中で大切だと思っている教科が3つだけある。
相手の意思を深く理解するためと、自分の意思を表現するための国語、感覚的なものに頼らず、あらゆるものを分析したり、試算したりするための数学、グローバル化した世の中で優位性を保つための英語、この3つ。
その他の教科は、歴史や物理など、ところどころで役に立つものがあったり、専門職になるなら役に立つというものもあるけれど、基本的にはあまり役に立たない。
社会人として10年以上経つけれど、それらを知らなくて困ったことはない。

結論を言うのであれば、学校の勉強の多くは役に立たない。
だから、学校で教わらないことは自ら学ぶべき、あるいは教えるべきだ、ということ。

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