ドラクエをやっている誰かがボスを倒したところで、マリオカートをやっている自分には全く関係ない。

自己啓発

以前にこのブログで、
人と比べることをやめたら人生が好転し始めました。
という記事を書いた。

そこにも書いたけれど、人と比べることで多くのデメリットが生じると思う。
自分の進むべき方向がブレたり、焦りが出たりする。

人と比べるのは良くない。
誰もが分かっていることなのに、なかなかそれを簡単にやめることは出来ない。

その理由は、そもそもこの社会が競争社会であるということもあるけれど、
人生において、みんな自分と同じのゲームをしていると勘違いしているのだと思う。

私が小さい頃は、ポケモンとか、ゼルダの伝説とか、ドラクエとか、みんなで同じゲームをやって、俺はレベル50になったとか、ボスを倒したとか、ここまで進んだとか言い合っていたけれど、まさにそんな状態なのではないかと思う。

私は年収いくらあるとか、どこの大学に行ったとか、課長になったとか、結婚したとか。
まるで同じゲームをしていて、先を越した、先を越されたと言っているかのように人と比べる。

けれど、そもそも人はそれぞれやっているゲームが違うということに気づけば、人と比べることも少なくなると思う。

マリオカートをやっている人と、ドラクエをやっている人とでは比べようがない。
それと同じように、人はそれぞれ自分がなりたい理想像が違うし、置かれている立場や環境も違うし、欲しいものややりたいことも違うし、何もかも違う。
比べたくても比べようがない。

みんなそれぞれやっているゲームが違うことに気づかないから、ついつい人と比べてしまうのだと思う。

それに気づかない理由は、やっぱり常識というもののせいだと思う。

ゲームと言えばスーパーマリオブラザーズ(古い?)みたいな、一般的なものがあって、何をやっていいか分からない時は、とりあえず無難に人気のゲームや一般的に誰もがやったことのあるゲームをやると思う。

それと同じで、人生のゲームもとりあえず常識という一般的なものに従う。
そのようにしているうちに、一般的に価値があるものが自分のゲームにとっても価値があると思い込んでしまうのだと思う。

つまり、人と比べてしまう原因は、自分の人生のテーマやビジョンが見えていないから、自分がやるべきゲームのタイトルを知らないのだと思う。

そうであれば、まず自分のテーマやビジョンを決めること。

誰にだって、これが好きだとか嫌いだとか、これが得意だとか苦手だとかがあると思う。
これだけは譲れないとか、これだけは守る、大切にする、達成したい、生きがいだ、などというものがあると思う。
それが自分の人生のテーマやビジョンになるはずのものであり、それが自分のやるべきゲームのタイトルとなるはず。

人の数だけ、人生のゲームのタイトルはある。

ドラクエをやっている誰かがボスを倒したところで、マリオカートをやっている自分には全く関係ない。

自分がやるべきゲームを見つけようとせず、常識というタイトルのゲームをやるから他人のことが気になるのだと思う。
ひどい場合は、他人に先を越されないよう邪魔をしたり蹴落としたりするかもしれない。

人は誰もが自分という人生の道しか歩めない。
どれだけ他人を羨ましがっても、他人の人生を歩むことは出来ない。
だから、ゲームのタイトルは誰もがそれぞれ違うはず。

けれど、常識というタイトルのゲームだけは誰でも出来てしまう。
そのゲームに参戦してしまうから、比べたり、争ったり、妬んだり、邪魔をしたりしてしまうのだと思う。

けれど、そもそも人はそれぞれやっているゲームが違う。
それに気づくことが出来れば、自分のやっているゲームにだけ集中することが出来ると思う。

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