人には人の幸せの形がある。幸せとはこういうものだという決めつけは大嫌いだ。

哲学

幸せの形はひとそれぞれにある。

しかし一般的に幸せとはこうだ、というような意見がたくさんある。

友達がたくさんいて、素敵なパートナーがいて、裕福で自由な時間があって・・・。

この辺を押さえておけば幸せだと世間は言う。

でも、それは世間一般の幸せ像なだけであって、あなたの幸せではないかもしれない。

私自身、よくこのブログやツイッター(@KatsuTouch)などでお金は大事と言っているが、それが幸せに直結するとも思っていない。

だから、幸せとはこういうものだという決めつけは大嫌いだ。

自分の信じる幸せの道を歩めばいいと思う。

ただここで言えることは、最低限自分の幸せとは何かということに向き合わなくてはならない。
これだけは必須であると思っている。

自分が何を求めているかも知らずに、自分の求めている幸せを手に入れられるはずがない。

この自分の幸せとは何かという問いに対しては、本当に自分の深い価値観と時間をかけて向き合う必要があると思う。

この自分の深い価値観との向き合い方に関しては、私の人生を変えたと言っても過言ではない、スティーブン・R・コヴィー博士の「7つの習慣」に記載されているが、

終わりを思い描くことから始める

ことが大切だと思う。

詳しくは書籍を読んで欲しいが、自分のお葬式の場面を思い浮かべ、家族、友人、職場の人などに、弔辞でなんと言われたいかを思い浮かべる。
そうすると、自分が本当にあるべき姿、人とどう関わっていたいか、本当に深い価値観が見えてくる。

私もこのブログに

自分が病気になって余命が宣告されたら

という記事を載せているので参考にしてもらいたい。

自分の深い価値観が見いだせたのなら、世間が言う成功者像なんかに合わせる必要は無い。

他人と比べる必要は無いと思う。

私も以前はどうしても人と比べることが多かったが、人と比べることをやめてからは、すごく人生が充実している。

人と比べることをやめたら人生が好転し始めました。

人には人の幸せの形があり、人には人のやり方があり、人には人のペースがある。

何もあなたがそれに合わせる必要はない。

ある人は今まで出したことのない記録を出した時にたまらなく幸せを感じる。
ある人は美味しい料理が出来上がった時に幸せを感じる。
ある人は家族が幸せに過ごしていることに幸せを感じる。

人の幸せは人それぞれ。

にも関わらず、勝手な成功者像というものを世間が、あるいはあなた自身が作るから、本当にやりたいことに目をつぶり、成功者像に向かう方が正しいと思い込んで進んでいってしまう。

別にそれに到達したから幸せになるわけではない。

お金や時間があったとしても、友達や健康な体があったとしても、それは幸せに直結するわけではない。

それらは幸せになるために必要なものの一部なのかもしれないが、それらを手に入れたから幸せになるわけではない。

仮にそれらをすべて手に入れたとしても、その時に本当に自分の幸せに思うことに取り組んでいなければ、そこには何の幸せもないだろう。

たくさんの鎧や武器で武装した、中身の無い武将のようなものだろうか。

結局、自分の深い価値観に沿って人生を歩むこと以外に、本当の幸せは得られない。

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