松井秀喜が怪物になった瞬間!甲子園5打席連続敬遠の動画が感慨深い。

動画紹介

今日は動画紹介のコーナーです。

今日紹介するのは松井秀喜の甲子園5打席連続敬遠の場面です。

野球好きな人はもちろん、野球好きではない人も知っている伝説のシーンではないでしょうか。

私は松井選手が大好きです。

そのプレーはもちろん、紳士的で控えめで、努力を惜しまず忍耐力の強い人。

まさに人格が出来上がっている人だなと思っていて、スポーツ選手としてだけではなく、一人の人間として尊敬します。

松井選手がこのような人格を持ちえたのは、この5打席連続敬遠があったことも大きく影響するのではないかと思います。

それぐらい、松井選手の人生を大きく左右するほどの出来事だったのではないかと思います。

私はこの動画で、相手のチームである明徳義塾高校や、相手チームの監督である馬淵監督を批判するつもりはありません。

そもそも敬遠というのは野球のルールにのっとっての行為ですから、仕方ない部分があります。
お互いが正しいと思う戦法で戦った、それだけです。

その後、馬淵監督は手紙や贈り物にカッターナイフの芯が入れられたり、相当な嫌がらせを受けるなどして、相当たたかれました。

もう批判は十分でしょう。

しかし、この動画は何回見ても感慨深い。

5打席連続で敬遠され、ある意味手も足も出ない松井選手。

その悔しさはその日甲子園球場にいた誰よりも感じていたでしょう。

しかし悔しいのは松井選手だけではなく、チームメイトや応援している観客も同じです。

そして監督も。

この動画の最後の方には、5打席連続敬遠をした明徳義塾高校に対し、ブーイングや帰れコールが起こったり、応援席からメガホンが投げ入れられるなどし、試合が中断するシーンがあります。

そしてその投げ入れられたメガホンを回収するのは、悔しいはずの、松井秀喜選手のチームである星稜高校のメンバーです。

星稜高校のメンバーがそのような行動をとることで、観客の怒りは収まる、そう考えた、星稜高校の監督、山下監督のはからいでしょう。

そのシーンに、山下監督の人格もうかがえます。

そんな監督に指導してもらい、また後には読売巨人軍の終身名誉監督である長嶋茂雄監督にも指導してもらえたこと、これらが松井秀喜という人間の人格形成に大きく関わったことなのではないかと思います。

ということで、その感慨深い伝説のシーンをご覧いただけたらと思います。

高校野球1991年夏の甲子園 松井秀喜5打席敬遠 怪物になった瞬間!!

その試合のダイジェストと
松井選手のコメント、両監督のコメントはこちらです。

1992年8月16日 甲子園 松井秀喜 5打席連続敬遠

コメント

タイトルとURLをコピーしました