ビジョンなく人生を歩むのは、一生懸命さまようことに等しい。

自己啓発

将来のビジョンを明確に持っている人はどれぐらいいるでしょうか。

なんとなくこうありたいとか、こんな夢を描いているという人はたくさんいるかもしれませんが、腹の底から明確にビジョンを持っている人は100人中1人か2人であると聞いたことがあります。

私や皆さんがその1人か2人の中に入っているかどうかは分かりませんが、
自分が何をしたいのか、自分がどうありたいのかを決めることは非常に重要です。

これが無ければ、人生をたださまよっているのに等しいかもしれません。
自分の行き先、目指すべき道が見えていないのですから。

これ無しでは、本当の意味で幸せな人生を歩むことは出来ないと言えるでしょう。

私はこんなに頑張っているのになぜ報われないのだろう?
私の何がいけないのか?
この私が何をそんなに悪いことをしたのか?
こんなはずじゃなかったのに。

このような言葉をよく聞きます。

一生懸命頑張っているのに報われない人が多くいることは事実です。

みんな頑張っているわけです。
みんな一生懸命生きているわけです。

しかし、確かに頑張ってはいるんだけれども、目指すべきビジョン、腹の底から得たいと思える明確なものが見えていなければ、一生懸命さまよっていることとほぼ等しいわけです。
一生懸命、血眼になって出口を探しているわけです。

自分の目指すべきこと、あり方が見えていないとはそういうことです。

何も、そんなに大それた事でなくてもいいわけです。
起業家のように、世界中の人々を幸せにするんだ、というようなことでなくても、ただ目の前にいる人達と幸せに生きたい、目の前の人たちを守りたいということでもいいわけです。
それも立派なビジョンです。

無理に大それた目標を立てる必要は無くて、本当に自分がありたい姿でいいわけです。

ただそれを、本気になって考えて、本気で決める必要があるということです。

自分が死ぬ間際になって、どう思いたいのか。
周りの人にどう思われて最期を迎えたいのか。

それを考えることが、恐らく自分が本当に歩みたい人生に近づくことになると思います。

本当に自分が思い描くビジョンを持つことが出来たなら、人生の大きな指針を持つことが出来るわけです。
さまよう人生ではなくて、その指針を見ながら歩むことが出来るわけです。

その指針を持つことが出来たのであれば、例え今までと同じように働くとしても、自分のビジョンのために働いている、自分の思う方向に進んでいるという確信を持つことが出来、働くモチベーションも変わってくることでしょう。
自分のために頑張っていると実感することで、きっとやりがいも変わってきます。

そして指針を持つことで、今のままではいけないという危険信号にも気づきやすくなります。
自分が進んでいる方向にズレが生じていると気づくことが出来るからです。

しかしそれが無ければ、方向性のズレに気づくこともなく、ただただ一生懸命人生を生き、こんなはずじゃなかったのに、という風になりかねません。

ビジョンが無ければ、目指すべき道のりも、現在地も分からないわけです。

目の前にあることにただ一生懸命になるのか、自分の思い描くことへ向けて一生懸命なのか、この違いは大きな違いだと言えるでしょう。

どんなことでもいいので、ただ自分のありたい姿、ありたい未来を腹の底から明確に思い描くことで、間違いなく生き方が変わります。
物事の捉え方が変わります。
見える世界が変わります。

人生は一度きり。

そのたった一度きりの人生で、本当の自分を見つめることもなく、自分の理想とは別の、目の前にあることに一生懸命に生きることは非常にもったいないことだと私は考えます。

たった一度の自分の人生だからこそ、自分らしく、大切に生きる必要があるわけです。

あなたは今、何に一生懸命になっていますか?
その一生懸命は、自分の思い描く人生に注がれているでしょうか?

コメント

タイトルとURLをコピーしました