自分を苦しめているのはいつも自分自身である。

哲学

人生、生きていれば、悩むこともあれば、苦しむこともあり、また、辛いこと、腹の立つこともある。
それらには、ありとあらゆる原因があるけれども、私はこれらすべてを巻き起こしている原因は、出来事それ自体にあるわけでも、他者にあるわけでもなく、自分自身にあると思う。

例えば、上司に叱られた場合でも、腹が立つという人もいれば、指摘していただいたと捉える人もいる。
同じように注意されたとしても、その捉え方は全く異なり、それによって沸き起こる感情も全く違う。

また、たまに「おめでたい人」と言われる人たちがいるけれど、その人たちは普通の人たちなら怒ってしまったり、傷ついてしまったりしそうなことでも、あまり動じない。
これはこれで素晴らしい才能だと思う。

さらに、何かをされて絶対に許さない、と頑なに決め込んでしまう場合があるけれど、そうするばっかりに、いつまでたってもそのことを思い出し、そのたびに怒りの感情がこみ上げてきて、自分自身を苦しめる場合もある。

つまり、どんな出来事が起こるのか、誰に何を言われたりされたりするのかというのは、苦しみ、悲しみ、怒りの感情を呼び出すことにおいてはさほど重要ではなく、自分自身がどのように捉えるかで、どのような感情の扉が開くかが決まるのだと思う。
怒りの感情が湧きにくい人や、いつもニコニコしているような人たちは、それらの扉を上手に開けることが出来るのだと思う。

つまり、それらの出来事に対して、苦しみの感情、悲しみの感情、怒りの感情などの扉を開けた瞬間に、それらの感情が湧きおこるのであって、それらの扉を開けなければその感情は沸き起こってこない。
そうであれば、それらの感情を湧き起こしているのはやっぱり自分自身であると言えるし、それらの感情によって苦しんでいるなら、それは自分の思考が自分自身を苦しめているのだと言える。

元アメリカ大統領であるフランクリン・ルーズベルトの妻、エレノア・ルーズベルトは、
あなたの許可なくして、誰も、あなたを傷つけることはできない。
と言っている。

ある出来事に対して、それらの感情の扉を開くということは、あなたがそれを許可したことになる。
その感情を呼び出すことを許可したから、自分自身がその感情によって苦しめられるのだと思う。

怒り、悲しみなどの感情が湧きおこりそうになっているときは、ちょっとしたパニック状態にあるんだと思う。
そうならないためには、素直に受け入れること、自分にとっての悪となるものは、受け流すこと、もしくは近づかないこと、そして時には忍耐すること、これが大切だと思う。

要するに、一時のパニック状態によって冷静さを欠き、簡単に怒りや悲しみといった、自分にとって不利益をもたらすような扉を開けてはいけない。
その扉を開けることを許しさえしなければ、それによって苦しめられることは大きく減ると思う。

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