他人は自分を映す鏡。自分次第で他人が変わるならば、自分も他人次第で変わるもの?

自己啓発

以前、松本伸介というテレビ番組で、島田紳助さんが言っていました。

「自分の人格は相手が決めるものやと思ってる。」

どういうことか簡単に説明すると、島田紳助さんが言うには、相手がケンカ腰で態度悪く、
「よう!紳助」
という風に言ってきたら、
「なんやおっさん。いい歳して初対面の人に対する口の聞き方も知らんのか?」
と思って、こちらも態度が悪くなってしまう。
逆に、丁寧に話しかけて下さる人に対しては、こちらも丁寧になる。

以前、とても丁寧な口調のタクシーの運転手さんに、
「テレビの印象と全然違って、とても丁寧な方なんですね。」
と紳助さんが言われたそうです。

その時に紳助さんは、
「いえ、あなたが丁寧だから私も丁寧なんですよ。」
と答えたそうです。

確かに紳助さんのおっしゃる通り、向こうが丁寧な態度に出てきたら、こちらも丁寧になるでしょう。
逆に、ケンカ腰で来たら、ケンカ腰になるというのも分かります。

他人は自分を映す鏡、とも言いますから、まさに自分の態度が相手の態度を決め、逆に言えば相手の態度が自分の態度を決めるのかもしれません。

しかし、本当にそれでいいのでしょうか。

相手の態度が悪いからこちらの態度も悪くなる。
逆に相手の態度が良ければこちらの態度も良くなる。

これは確かに自然な流れなのかもしれませんが、流れのまま生きていくことを許してはいけないのが人間なのだと私は思います。

本能のまま、感情のままで生きていくことはとても簡単です。

しかし、それではやはり他人に左右される人生ということになってしまうわけです。
これは言い換えれば、他人に依存している人生と言えるでしょう。

自分の人格というものが、他人の上に成り立っていては、自分で道を切り拓いていくことは難しいと言えるでしょう。

相手に自分の人格をゆだねるのではなく、自分の人格を確立して相手に影響を与えていくことが大切なのだと私は思います。

人間生きていれば腹の立つこともあるし、理不尽なこともあります。

それでも、やっぱり人格者と呼ばれる人は自分の人格を相手に左右されることはなく、自分の道を切り拓いていき、なおかつ周りにも影響を及ぼせる力を持っています。

そうであるからこそ、一貫性のある人間になれ、人からも尊敬され、自分の指針がブレることがないのでしょう。

例えば、誰かのほんの些細な言葉で腹を立て、あなたの人格が揺るがされ、態度に出てしまったとしましょう。
その態度は、あなたを傷つけたその人物だけが見ているわけではなく、あなたのことを尊敬していたり、いつもそばにいてくれる人たちも見ているわけです。

そのほんの些細なことで、あなたの人格が疑われてしまうかもしれないのです。

そんな些細な、他人の言った言葉で腹を立て、流れのまま感情を爆発させ、あなたの人格を傷つけてはいけません。

やはりあなたの人格は他人に左右されてはいけないわけです。
そんなことで人格を傷つけてしまってはもったいない。

だからこそ、自分の人格は自分自身がコントロールし、他人にゆだねるべきものではないわけです。

と言いつつ、私もまだまだ人格が出来上がっていない未熟な人間です。
自分の人格を守るために、自分の人格を磨き、確立していきたいものです。

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