才能は誰もが持っている。ただ、自分の才能に合う土俵が見つかっていないだけだと思う。

自己啓発

「あの人は才能があるから成功したんだ。」
「凡人があんな風になるなんて無理だ。」
よく聞くセリフだし、言ったこともあるかもしれない。

けれど、私は才能というものは誰もが持っているものだと思う。
ただ、その才能が何で発揮されるかを見つけることが難しいのだと思う。

確かに先天的な能力の違いや向き不向きはあると思う。
例えばプロ野球選手になろうと誰よりも頑張っていたとしても、やっぱりなれない人もいる。
歌手になりたいと思って一生懸命練習をしたとしても、やっぱりなれない人もいる。
実際に才能違いはあると思う。
これは私が本気で野球に打ち込んで経験したことだからよくわかる。

私が野球を通して学んだこと。本気で打ち込まなければ見えない世界が必ずある。

けれど、プロ野球選手になる才能がなかったとしても、歌手になる才能がなかったとしても、決して自分に才能自体がないわけではなく、たまたま自分の持ち合わせていた才能が、プロ野球選手になるための才能でも歌手になるための才能でもなかっただけで、きっと他の才能を持っているのだと思う。
逆に言うと、プロ野球選手や歌手の人たちは、それらになるための才能は持っているけれど、その他の才能があるかどうかはまた別物。
つまり、自分の才能が開花するものを見つけることが一番の才能なのだと思う。

才能があるといわれる人や天才と呼ばれる人達は確かに凄いけれど、私たちはなんとなく、それらの人は何もかもが凄いと思いがちだと思う。
それら天才と呼ばれる人であっても、野球の世界では天才だったり、歌手の世界では天才であったり、あるいはITの世界で、投資の世界で、営業の世界では天才なのかもしれないけれど、違う土俵で戦ったら凡人と呼ばれる人に、いとも簡単に負けることの方が多いと思う。

つまり、自分には才能がないと思い込んでいる人は、自分の土俵を知らないだけなんだと思う。

今大成功している天才と呼ばれる人たちも、自分の才能に合う土俵を見つけていなかったら、ただの凡人だったと思う。
もしかすると、今才能がないと思っている人でも、自分の才能に合う土俵を見つけることで才能を発揮して大成功し、天才と呼ばれるかもしれない。
その可能性は、凡人だった少年がプロ野球選手になる確率となんら変わらない。
凡人だった少女がミリオンセラーの歌手になる可能性と何ら変わらない。
なぜなら、誰もが最初は凡人であったから。

成功者が成功したのは間違いなく自分が努力した結果成功したのだと思うけれど、時にはたまたま当たっただけだと言われることがある。
けれど、絶対にそんなことはない。
しいて言えば、たまたま当たったものがあるとするならば、それこそが自分の才能に合う土俵を当てたのだと思う。
そうであれば、成功者が成功したのはたまたまだと言うのであれば、そのたまたま、つまり自分の才能に合う土俵を見つける努力をすればいい。
当てる努力をすればいい。
それを見つけることもまた才能であり、そして努力でもあるということがよくわかると思う。

小さなころに思い描いた夢では才能が発揮されなかった人もいると思う。
大人になってからチャレンジしたことでも、才能が発揮されなかった人もいると思う。
けれど、それは自分の才能に合っていなかっただけだと考えることが出来れば、人生自体をあきらめる必要は全くないと思う。

どんなことであっても、何歳からであっても、自分の持つ才能と取り組むことがマッチすれば、才能が開花し、人生を変えることは可能だと思う。

早くに成功した人たちは、自分の才能に合う土俵を見つけるのが早かったのだと思う。
そう考えれば、まだ成功したと言えない人は、たまたま自分の才能に合う土俵をまだ見つけられていないだけなのかもしれない。
そうであれば、
「あの人は才能があるから成功したんだ。」
「凡人があんな風になるなんて無理だ。」
などとは絶対に言うべきではないと思う。
それらの言葉は、努力を怠るための言い訳に過ぎない。
また、今成功している人に失礼だと思う。

自分にも才能があることを理解し、自分の才能に合う土俵を探す努力を怠らない限り、私たちはいつでもチャンスを掴む可能性があると思う。

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