自分らしさとは、常にアップデートされるものであり、決定づけられたものではない。

哲学

「私は自分らしく生きたいんだ!」
そのように思うことがあるかもしれないけれど、自分らしさって何だろう。

自分らしく生きると言うと、とても素敵な言葉に聞こえるけれど、必ずしもそうではないと私は思う。
実は自分らしさというものを盾にして、変化を恐れているだけかもしれない。

そもそも自分らしさなんて見つけること自体が難しいと思う。
色々なことにチャレンジしてみたり、色んな環境に出てみたり、色んな世界を知り、色んな景色を見ることでしか、本当の自分らしさなんて分からないんだと思う。

井の中の蛙大海を知らず、という言葉があるけれど、それと一緒で、外の世界を見た者でなければ、内にある物の本当の価値も能力も役割も可能性も、何もかも分からない。
つまり、自分の内側にある自分らしさも、本当の意味では分からないはず。
もし外の景色を見ようともせず、これが自分らしい生き方だと思っているのなら、それは単なる思い込みに過ぎないかもしれない。

今までの過去の経験から、こんなスタイルが自分らしいと思うのかもしれない。
あるいは、人に「あなたはしっかりしている」「あなたはのんびり屋」「あなたは優しい」「あなたは我慢強い」などと言われて、その姿が自分らしいと思うのかもしれない。
しかしそれは、あくまで今までという過去の経験から導き出した自分らしさであり、あなたのことを本当に理解しているかどうか分からない他人から指摘された自分らしさである。

しかし、未来にはもっとたくさんの自分らしさがあるかもしれない。
知らない世界にはもっと素晴らしい自分らしさがあるかもしれない。
今まで経験したことのないような経験をすることで、潜在的に眠っていた自分らしさに気づくかもしれないし、あるいは本当のあなたらしさに気づかせてくれる素晴らしい人に出会うかもしれない。
だから、色々なことにチャレンジしたり、いろんな環境に出てみたり、色んな世界を知り、色んな景色を見たりして、たくさん経験し、たくさん変化していくことはとても大切だと思う。

自分らしく生きようと思いすぎるよりも、理想の自分を思い描き、そこに近づけるように生きるほうが良いと思う。
そのようにしているうちに、自分らしさが見えてくるのだと思う。

そしてさらに言うならば、自分らしさなんて常にアップデートされるものだと思う。

私は人見知りだから、なんていう自分らしさといつまでも付き合う必要はない。
過去の亡霊にとらわれる必要はない。
それよりも、こうありたい、という自分らしさを追い求めるべきだと思う。

つまり、自分らしさとは、新しいことに触れるたびにアップデートされるものであり、決定づけられたものではないということ。
たくさんの物事に触れることで、より良い自分らしさというものが見つかるのではないかと思う。

だから、現時点で私は自分らしく生きる、と思うということは、過去の亡霊に縛られた生き方を選択していることになり、自分の未来や可能性を奪う選択になりかねない。
外の景色を知れば知るほど、新しいものに触れれば触れるほど、自分の中にある自分らしさの幅は広がり、アップデートされ、本当に自分に合った自分らしさが見えてくるのだと思う。

現時点で思う自分らしさで生きていこうとするのではなく、常に理想の自分を追い求め続けることが、本当の意味での自分らしい生き方になるのではないかと思う。
少なくとも、過去の経験や他者からの指摘による思い込みの自分らしさは、未来の自分を縛り付ける生き方になり、自分の可能性や喜び、楽しみを奪う生き方になると思う。

人は常に考え、経験し、成長し、アップデートされていくものだと思う。
そのアップデートを止めているのは、自分自身なのかもしれない。

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