事実と意見は違う。自分にとって大事な事は、意見ではなく事実を見るべき。

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自己啓発

アメリカの投資家、実業家、そして作家としても有名なロバート・キヨサキの著書、「金持ち父さんのキャッシュフロー・クワドラント」にこのような一文がある。

「たいていの人の人生は事実ではなく意見によって決められている。」

私たちは、無意識のうちに人の意見を、さも事実かのように捉え、それに従って行動することがあると思う。

例えば、
「大学は出ておくべきだ」
「あの人はいい人だ」
「投資は危険だ」
「就職するべきだ」
「保険は入っておいた方がいい」
「家を買うなら早い方がいい」
など、世の中では常識だとされているようなよく聞くこれらの言葉。
このような言葉通りに歩む人も多いと思うけれど、これらの言葉はただの意見に過ぎない。
もちろん、それが悪いわけではないし、間違っているというわけでもない。
しかし、逆に言えば正解とは限らないし、間違っているかもしれない。

このように、事実だと証明できないことは、ただの意見であると思った方がいいと思う。
それが例え、多くの人が賛同していることであっても、根拠があったとしても。

根拠というものも、見る角度を変えると変わるものだと思う。
それは、多くのジャーナリストやコメンテーターが、いかにも正しそうな根拠と結論を並べて解説している姿を見ればわかると思う。
ジャーナリストAが言う根拠と結論、ジャーナリストBが言う根拠と結論、どちらも正しそうだけれど、意見が真っ二つに分かれることは多々ある。
そして結果として、それらの意見のどちらもが正しくなかったなんてことはよくある話。
つまり、これらには確かに根拠があるかもしれないけれど、根拠をもとに意見を述べているに過ぎない。

そうであれば、自ら事実を見なければ、他人の意見に左右されて自らの意思決定をしてしまうことになると思う。

事実を確認するためには、やはり知識を広げ、経験を積まなければならないと思う。
知識と経験が不足しているから、その知識と経験を持っていそうな人の意見を聞くしかなくなるのだと思う。

もちろん、他人の意見を聞くことも重要だと思うし、全ての知識を頭に詰め込むことは出来ないし、全てのことを経験することも出来ない。
けれど、自分が自分の人生にとって重要だと思うことだけは、自分自身で知識をつけ、調べ、経験し、事実を確認して意思決定しなければ、自分の人生はあらぬ方向に向かってしまうと思う。

ひどい場合は、それらの意見が嘘であるということもある。
知識や経験が豊富な人に、もっともらしいことを言われれば、例え嘘でもその意見に従うしかなくなる。

事実と意見は違うということを知り、自分の中で重要なことは自分で事実を確認するということが大事になってくると思う。

あの人があのように言ったから、で通用するほど世の中は甘くない。
全ては自己責任。

人に騙されて痛い目にあったことのある多くの人も、このことを熟知していれば、あるいは騙されなかったかもしれない。

騙す、騙さないに関わらず、人は多くの意見を述べるものだし、多くの意見が世の中にはあふれている。
その意見を参考にすることはとても大事だけれど、それを事実だと思い込むことはとても危険なことだと思う。

人には人の人生があり、ある人にとっては正解であることも、ある人にとっては不正解であることもある。
求めているものが違う分、欲しい成果も違う。
たくさんの人の意見よりも、自分という一人にとっての事実の方が大事だと思う。

そうであれば、大事な意思決定をするときは、自分自身で事実を確認すること以外に方法はないと思う。

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