人格の伴わない成功者はいずれ転落する。人格という土台なしに永続的な成功はあり得ない。

哲学

ふと最近思ったことがあります。
それは人生の歩み方を見れば、その人の人格が見えるということです。

例えば、某有名タレントのあの方やあの方やあの方が、過去の栄光や自分のネームバリューを駆使して、なんとかお金を稼ごうとしたりします。

もちろん、それは過去の自分のネームバリューであり、人生で培った財産であるわけですから、有効に活かせばいいと思っています。

ただし、上手く活かす人もいれば、あまり上手とは言えない活かし方をする人もいらっしゃいます。

あなたはそのような有名人を客観的に見て、残念だなと思ったことはないでしょうか。
正直私はあります。

自分のネームバリューや特技を有効に活かしている人に対してそのように感じることはないのですが、そうではなく、とにかく必死に、あるものを全て駆使して過去の栄光にしがみついているひとも多いように感じます。

さて、もちろんそれらの人を批判したいわけではありません。
これは私たち一般人でも全く同じであるということをお話ししたかっただけなのです。

過去の栄光にすがる人や、役職という立場にあぐらをかく上司。
何らかの権力を振りかざす人。
色々居ます。
お金持ちだと思っていたら、いきなり転落してしまう人なんかもいるでしょう。

これらの人は前述の有名人と何ら変わりないわけです。

なぜこのようなことが起きるかと言うと、冒頭で少し触れたように、人格が大きな要素だと私は考えています。

つまり、自分が登りつめたステージに対して、人格がついてきていないから転げ落ちてしまい、そこから這い上がる術もなく、過去の栄光や立場、権力に頼らざるを得なくなってしまうわけです。

一発屋と言われている芸人さんたちが一発屋で終わってしまう原因は、なぜ自分が売れたか理解していないから一発屋のままで終わるという話を聞いたことがあります。

売れた理由を分かっていないから、落ちていくときにどう対処していいのか分からないということらしいのです。
確かにその通りだと思います。

運よく登りつめたものの、登りつめた根拠を理解していないからその対応が出来ないわけです。

だから、売れなくなっているのに売れていた時と同じ一発逆をやり続ける方もいらっしゃいますよね。
同じように、過去の栄光にすがる人や権力にあぐらをかく人なんかは、武器がそれしかないから、それを振りかざしているにすぎないわけです。

それらの原因は全て、人格と言う土台無しに、たまたま運よく成功してしまったから起こる事象なのだと私は考えています。

もちろん、そのチャンスを掴んだということはとても素晴らしいことですし、しっかりとアンテナも立てられていて、努力もし、そのタイミングも見逃さなかったわけですから、それは才能と言えるでしょう。

しかし、そこまでは良いものの、自分の人格を育てていなければ、本物の成功者との違いがあらわになり、転落の道をたどることになりかねません。

人格という成功の土台をきちんと持っている人は、仮に落ちそうになってもそこで踏みとどまり、また上昇気流に乗ることが出来ます。
もしくは、完全に落ちてしまったとしても、また這い上がって来れます。

なぜなら、先ほどの一発屋がなぜ自分が売れたか理解していないのとは逆に、人格という土台を持ち合わせた成功者は、なぜ自分が成功したのかを理解している分、落ちるときにもなぜ落ちているかを理解することが出来、それに対する応用が利くからです。
仮に完全に落ちてしまっても、人格という土台があるからこそ、何度でもやり直すことが出来るわけです。

全ての成功には人格という土台が必要なわけです。

人格という土台なしに永続的な成功はあり得ないと言われる理由は、このような事実が証明してくれているわけです。

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