自分の人生にどれだけの制限がかかっているか想像してみよう。

哲学

私は以前からこのブログで、人生はお金によって多くの制限を受けると発信してきました。

しかし、このようにお伝えしてもなかなか実感が湧かないと思います。
ましてや私の言葉などではなかなかイメージが湧かないと思います。

だから、一度自分に何の制限も無ければ、人生どのような気分で生きていけるか想像してみてほしいと思います。

もし何の制限もない自由な時間を手に入れたなら、朝起きると今日一日何しようかワクワクして仕方ないのではないでしょうか。
これは休日の朝などを想像してもらえれば容易に想像できると思います。

しかし制限があると、今日も会社に行かなければならないという憂鬱な気分なることでしょう。

また、夜寝るときも、何の制限もない自由な人生であれば、寝るのが惜しいとさえ思うかもしれません。
しかし制限のかかった人生では、明日も仕事に行かなければならないから早く寝なくては、と思い床につくことでしょう。

このように、制限があるのと無いのでは、これほどまでに得る感情が変わり、生き方が変わってくるわけです。

また、人生における制限とは、一つの制限が新たな制限を呼ぶものです。

先の例で言えば、会社に行かなければならないという制限が、そのために早く寝なければならないという新たな制限を生み出しているわけです。
さらには、早く寝るために早く帰らなくてはならないし、テレビを見たり読書をしたりというような、したいことも制限されるわけです。

だからこそ、私は何の制限もない自由な人生を目指すべきだと思っています。

そのためには、経済的自由が必要だからお金は大事だということです。

全くの自由人になる事はそう簡単なことでは無いですし、すぐにそうなれることもありません。
しかし、まずはほんの少しでもいいから自由になれる状況を目指してみるべきです。

なぜなら、前述のように制限は制限を呼びますが、同じように、自由は自由を呼ぶからです。
少しの自由が新たな自由を生み、自分の時間を確保することが出来てくるわけです。

その状況に満足するならそれはそれでいいと思います。
その自由な時間を満足するのもその人の人生です。
しかしまだまだ自由を目指すなら、その時間でさらなる自由を生み出すための努力をすればいいわけです。

そうしていくうちに、少しずつ制限は減っていきます。

だからこそ、はじめはほんの少しでいいから、自分の人生のために努力することが大切になってくるわけです。

岩を転がすときには初動が一番大変であり、一度動き出せば、あとは楽に転がっていくと言われるように、人生全般にも同じことが言えると私は思います。

初動を動かすことが大切で、また動くまで努力し続けることが大切なわけです。

少しでも岩を動かすことが出来れば、後は放っておいても転がってくれるわけです。
その間に、あなたは新たな自由な時間を過ごすか、新たな自由を生み出す努力が出来るわけです。

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