何かのせいにしてしまった瞬間、自分自身が自分の人生を狂わせてしまっているのだと思う。

自己啓発

マイナビニュースの記事にて。
新しいことにチャレンジできない理由を“年齢のせい”にする人の特徴とは? 訴えたツイートに「まじでこれ」「やっばりそうなんだ」と共感集まる
という記事があがっていた。

この記事はツイッター上で、masaki ohashi(@ohashimasaki)さんが、
「30過ぎると新しいものを取り込めなくなる」「40過ぎると新しいものを取り込めなくなる」とかいうの、そういう人は10代の頃から元々そうだったんだよ。年齢なんか関係ない。年齢のせいにするな。
とツイートし、話題となったことについて書かれた記事。

masaki ohashiさんはさらに続けてこのようにツイートしている。

masaki ohashiさんがおっしゃるように、人は変化を嫌うものであり、ことあるごとに理由をつけたり言い訳を探したりする。
年齢のせいにしたり、お金や時間がないことのせいにしたり、人脈やコネのせいにしたり、時代のせいにすることが多いように思う。

最近よく目にするのは就職氷河期世代だから、という話題。
確かにその時代の人たちは就職に苦労したのだと思うけれど、それで人生が狂ったというのは違うと思う。
苦しい時代であったのは間違いないと思うけれど、その世代の人たち全員が、今も人生を狂わせているわけではない。
やるべきことをきちんとやって、苦しい時代を乗り越えて人生を謳歌している人たちはたくさんいる。
自分たちは時代のせいで人生が狂ったという考え方は、きっとバブル期と比べているだけだと思う。
いつの時代でも、苦しい時代はある。
例えば、バブルよりももっと前の時代と比べたなら、私たちはきっと素晴らしい時代に生まれたと言えると思う。

生まれた時代がどうとかではなく、年齢がどうとかではなく、お金がないとか、時間がないとか、そんなことは大した問題ではなく、自分自身が何を見て、どのように考え、どのように動くかが大切だと思う。

このブログで何回か紹介した私の大好きな言葉で座右の銘でもある、二宮金次郎の言葉を借りるなら、
およそ小人の常、大なることを欲して小なることを怠り、出来難き事を憂いて、出来易き事を勤めず。
それ故ついに、大なることなす事能わず。

(大きなことを成し遂げられない人は、大きなことを求めるばかりで、出来ないことばかりに目を向け出来ない出来ないと言い、目の前の出来る小さなこと見ようともせず、それに懸命になる事をしない。小さな事もしない結果として、当然大きな事も成し遂げることは出来ない。大きな事は、小さな事を積み重ねた結果であると言うことを知らないからだ。)

つまり、出来ないことにばかり目を向け、出来ることをしようとしない態度が、自分自身の人生を狂わせているのだと思う。

masaki ohashiさんのおっしゃる年齢にしてもそう。
イギリスの政治家で首相も務めたスタンリー・ボールドウィンの言葉にもあるように、
人間、志を立てるのに遅すぎるということはない。

人は変化を嫌う生き物だから、出来ない理由を見つけることがとても上手。
しかし、一度その色眼鏡で物事を見る習慣がつくと、出来ないのは〇〇のせいであって、自分は悪くないというマインドに陥る。
自分を守る大きな盾を持ってしまうことになる。
そうなると、出来なくてもいいという自分を守り、自分が出来ることも探そうともしなくなる。

時代がどうとか年齢がどうとか、お金がどうと時間がどうとか、そのようなことは大した問題ではなく、何かのせいにしてしまった瞬間、自分自身が自分の人生を狂わせてしまっているのだと思う。
そうであれば、例え小さなことであっても、自分で出来ることをコツコツとこなしていくことが大切だと思う。

外部要因のせいにしてしまった瞬間、「どうせ」という言葉が頭に住みつき、頑張れなくなる。
どんなことであっても、例え辛くても、原因は常に自分の中にあると考えなければ、自分で人生を切り拓くことはできない。

雨が降っているからまともに歩けないという人は、雨が上がるまでただただ待つことしかできない。
ただ外部要因に身を任せるだけになってしまう。
しかい、原因は常に自分の中にあると考えられる人は、雨が降っているのは辛いけれど、濡れながらでも、傘をさしながら歩けばいいという簡単なことに気づくことが出来るのだと思う。

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