自由という言葉はとても素敵な言葉。しかし、同時に責任と決断力が必要であるということでもある。

自己啓発

以前にこのブログで、

今がどれだけ自由な時代か再認識しよう。士農工商えたひにんのような呪縛はない。

という記事を書きました。

そこにも書きましたが、江戸時代では「士農工商えたひにん」という身分制度があり、生まれた時から死ぬまでその身分であり続ける必要があります。
自分がどんなに武士になりたかろうが、勉強をしたかろうが、農民であれば農民のまま、勉強をすることさえ許されませんでした。
農民は農耕だけをしていればいいため、勉強なんてする必要は無い、そんな時間があるなら少しでも畑を耕せという考えがあったからです。
どうせ死ぬまで農民なのですから。

それに比べて、今はどれだけ自由であるかが分かります。
しかし、自由というと、とても素敵な言葉に聞こえますが、実はその分大変なこともあります。

何が大変なのか。

それは、自分自身で人生を切り拓いていく必要があるということです。
たくさんの事を選択し、決断して生きていく必要があるということです。

江戸時代であれば、前述のように身分制度が決まっていたわけですから、何も考えずに農民は農耕をしていればいい、武士は武術や学問を学んでいれば良かったわけです。
つまり、将来はどうしようなどと考える必要もなく、考える余地もなく、考える権利もなかったわけです。
そこに自由はないかもしれませんが、選択の余地が無いからこそ、自分で人生を切り拓いたり、何かの決断をするということは、今と比べて圧倒的に少なかったと言えます。

それに比べて今は、どこの高校や大学に進学するか、どんな授業を専攻するのか、どのような職に就くのか、結婚するのかしないのか、あるいは誰と結婚し、どんな家庭を持つのか、どんな趣味を持つのか。
さらには、就職するのかしないのか、独立企業するのか、フリーターでいるのか親のすねをかじるニートになるのか。
どんな人間と付き合うのか、あるいは人付き合いをしないのか。
たくさんの選択肢があり、人それぞれの生き方があります。

それら全てを決断していく必要があるわけです。

何も江戸時代と比べなくても、つい数十年前、高度経済成長期、バブル期と言われた時代と比べても、今の自由度は大きく違い、決断の必要性も違います。
数十年前まではいい高校、いい大学に入り、いい会社に就職し、素敵な家庭を持ち、一軒家を持ち、定年になったら退職して年金暮らしで安泰の生活を送る、ということが常識であり、一般的でありました。
だから、そのレールの通りに走っていれば良かったわけです。

しかし今は違います。

インターネットの出現、そしてそのインフラが整ったおかげで、たくさんの選択肢が生まれました。
また、会社に勤めていれば安泰という時代も終わりました。

私たちは自由を求め、実際に自由になったおかげで、たくさんの選択肢が生まれたわけです。
しかし同時に、たくさんの選択肢が生まれたおかげで、たくさんの決断をしていかなければならなくなったわけです。

そう考えれば、今の時代、決断力というものが人生を大きく左右すると言えます。

大前提として、自分の人生を真剣に考え、向き合っていく必要があるわけです。
そのようにして、多くの選択肢の中から、素早く、たくさんの決断を下せる人ほど人生の可能性と自由は広がると言えます。
逆に、このことに気づかず自分の人生と向き合おうとせず、決断を下さず他人任せである人は、自由を得るどころか、社会の波に飲まれ、流され続ける人生を歩むことになります。

例えば、全く同じ能力の人が居たとして、一方は決断力のある人、もう一方は決断力のない人だったとしましょう。
決断力のある人は自分のやるべきことをすぐに決定し、それに向かって進みます。
一方決断力のない人は、なかなかそのことに取り掛かれずに足踏み状態に陥ります。
決断力のない人が足踏み状態に陥っている中、決断力のある人はどんどん先に進み、仮にそのことが失敗したとしても、改善するという選択肢も増えるわけです。
そしてその改善がまた新たな選択肢を生み、どんどん前に進むことが出来るわけです。
また、仮にあきらめざるを得ないような失敗をしたとしても、経験値が残ります。
そのようにして、決断力がある人は、決断力のない人と比べて、例え上手くいかなかったとしても人生経験として一歩、いや、何歩も前に先に進むことが出来るわけです。
一方決断力のない人は、何をするにも時間がかかり、なかなか前に進めません。
ついには、その決断を他人に委ねるという選択をとる可能性もあります。
そうなると、いよいよ自由とは程遠い、他人任せの人生になってしまうわけです。
同じ能力を持った人であったとしても、です。

このように考えると、色々な事が自由に選択できるようになった今、格差社会が出来上がるのも無理はないと思います。
前に進む人はどんどん前に進み、進めない人は自らその権利を放棄しているわけですから。

今の世の中、決断力があるかないか、非常に重要になってきます。
小さな決断から大きな決断まで、色々な決断がありますが、全てにおいて自己責任で決断をしていくべきだと言えます。

では、決断力を身につけるにはどうすれば良いのか。

それは、自分自身としっかり向き合い、全てにおいて責任を持つことです。

責任を負うことを嫌う人ほど、決断力がないと感じます。
責任を取るのが嫌だから、他人に決断を委ねるわけです。

決断することを嫌がる理由はたった一つです。

それは、決断するということは前に進むと同時に、リスクを負うことになるからです。

人は誰でもリスクを恐れるものです。
出来ることなら、誰でもリスクは避けたいからです。
しかしそれではいつまでたっても自由になれないどころか、他人に振り回される人生を歩むことになります。

自分の人生は自分で切り拓くものです。
そこにはどんな言い訳も無用です。
その覚悟がある人ほど決断でき、無い人ほど決断が出来ません。

今の世の中、この決断をどれだけ早く、どれだけ多く出来るかで、人生が大きく変わると思っています。
選択肢が溢れるほどある自由な時代だからこそ、この決断力が試される時代であるわけです。

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