行いは己のもの。 批判は他人のもの。 知ったことではない。勝海舟の名言から学ぶこと。

名言

行いは己のもの。
批判は他人のもの。
知ったことではない。

- 勝海舟 -
(幕末の武士、幕臣、政治家、初代海軍卿。坂本龍馬、西郷隆盛らに多大な影響を与えた人物。)

この言葉をじっくり読み、よく考えてみて欲しいと思います。
この短くシンプルな言葉は非常に深いものです。

行いは己のもの。
批判は他人のもの。
であるわけです。

一見、当たり前のような言葉であり、傲慢とも思える言葉ですが、決してそうではありません。

行いとは当然自分のものであり、自分に選択権があり、自分自身がなすべきことであります。
しかし批判とは、自分が行ったことによって他人が思い、評価し、選択するものであり、そのことについては自分に選択権はありません。
あくまで他人に選択権があるものです。

しかし、一見当たり前のように思えるこのことに、私たちはきちんと線引きすることが出来ず、自分の行いと他人からの評価をごっちゃにしてしまいがちです。

本来人生とは、自分の意志や信念を持って行動し、その行動に責任を持って切り拓いていくものです。
それを短くまとめると、「行いは己のもの」であるわけです。
そしてその行いを見て、良い悪いを評価するのは他人であるわけです。

しかし、どうもこのことについてきちんと線引き出来ない私たちは、自分の行いの結果として生まれるはずの、単なる他人からの評価を気にして、自分の行い自体を捻じ曲げようとさえしてしまうことがあります。

日々、色々な人間に囲まれ、色々な人と付き合いをし、目まぐるしい忙しさのために、こんなにも単純な原則さえ見失い、分からなくなってしまうことがあります。

有名な心理学者、アルフレッド・アドラーの言葉に、
人生が困難なのではない。
あなたが人生を困難にしているのだ。
人生は、きわめてシンプルである。

という言葉があるように、私たちが人生を難しくしているだけであり、やるべきことはいたってシンプルです。

つまり、自分の思う通りに、自分の信じた道を歩むだけであるわけです。

この線引きを決して忘れてはいけません。
このことを忘れてしまうと、他人の評価のために自分の行いを捻じ曲げることになります。

つまり、他人のために生きる人生になるわけです。

他人の評価とは、自分の意志や信念を捻じ曲げてでも得るべきものなのでしょうか。
そのように得た評価にどのような価値があるのでしょうか。
そしてその評価は本当に正しいものなのでしょうか。

シェイクスピアの言葉にこのような言葉があります。

あなたがたとえ氷のように潔癖で雪のように潔白であろうとも、世の悪口はまぬがれまい。

他人の評価なんてものはいい加減なもので、一部が良いと評価したとしても、一部では批判されるものです。
賛否両論という言葉があるように、人の評価は分かれるものであり、何が正しいかも分かりません。
どこかで評価されればどこかで批判されるわけです。

特に、批判には妬み嫉みも入っていることが多いものです。
また、その考えや行動が、ただ理解できないだけということもあります。

多くの成功者が始めのうちに必ずと言っていいほど批判されたのは、常人にはその人の考えが理解できなかっただけにすぎません。

そうであれば、難しく考えずシンプルに、自分の思う方向に進むべきであると言えます。

他人の評価のために自分の行いを捻じ曲げていては本末転倒。
一度しかない人生を他人のために生きるような選択はすべきではありません。

行いは己のもの。
批判は他人のもの。
知ったことではない。

この言葉を深く胸に焼き付けたいものです。

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