時には、子供のようにケガを恐れず真っ直ぐに生きる勇気が必要。

自己啓発

私には3歳になる息子がいます。
危ないことばかりして、走り回って、よくケガをする、絵にかいたようなわんぱく坊主です。
見ていて危なっかしくてハラハラします。
と言いつつ、私も子供の頃はそんな子供で、よくケガをしていました。

恐らく、大なり小なり、子供の頃は誰もがそうだったのではないでしょうか。
走り回っては転んでケガをし、高い所に上っては落ちてケガをする。
子供とはそういうもので、そういうケガをたくさん経験しながら、どんどんケガをしなくなるものです。
大人になるにつれて、ケガなんてほとんどしなくなります。
それは、何をすれば危険であるかが分かってくるからです。

実はこれって、心も同じだと思うんです。

昔は誰もががむしゃらに恋をしたり、大きな夢を描いたり。
そのようにしてただ真っ直ぐ突き進んだのではないでしょうか。

そして、振られたり、挫折したりして傷つき、心にケガを負います。
そうすると、やはり実際のケガと同じように、何をすれば傷つくのかが分かってきます。

むしろ、人間は実際の身体に負うケガよりも、心に負う傷の方が痛いようで、心の方が臆病になりやすいように思います。

だから、あらかじめ傷がつきそうな場所にバンソウコウを貼っておいたり、防具をつけたり、傷がつきそうなところには近づかないようにします。

もちろん、それが学習能力であるわけですから、それ自体が悪いことではないと思いますし、厳しいこの世の中で生きていくためには、その能力こそが必要になる場合もあります。

しかし、あまりにも傷つくことやケガをすることを恐れすぎると、全身防具だらけの偽りの自分になってしまいます。
学生の頃、無防備に、真っ直ぐに好きな人に好きと伝えていた自分や、やりたいことをそのまま夢としてかかげていた自分とは別の人間になってしまいます。

それが大人だというのであれば、なるほどそれが大人かと納得せざるを得ないのですが、あまりにも防具を着込みすぎてしまったばっかりに、本当の自分が他人にはもちろん、自分にも見えなくなってしまってはいないか?と、疑問になる事があります。
いつの間にか、自分が作り上げた自分ではなく、社会に作り上げられた自分を演じなければならなくなってはいないか?と思うことがあります。

私たちは学習しているつもり、成長しているつもりであるわけですが、それは社会的には大人になっているだけで、ただ怯えて、自分を押し殺しているだけなのかもしれません。

そうであれば、一度本当の自分を見つめなおす必要があるかもしれません。
自分らしさとは何かと自問自答したときに、答えられなかったり、迷いが生じるなら、自分を見失っている可能性があります。
それはあまりにも傷つくことを恐れて来たからかもしれません。
時には、傷つくことを恐れず、ケガすることを恐れず、本当の自分、本心を出してみる必要があるのではないかと思います。

そうでなければ、誰にも本当の自分を知ってもらうことが出来ません。

自分を偽っていれば、周りから見れば偽りのあなたが本当のあなたに見え、偽りのあなたの、偽った行動や言動を期待するようになります。
そして傷つかないように、ケガをしないように、その期待に応えようとしてまた偽りの自分を演じる。
このようにしているうちに、自分でも何が本当の自分かが見えなくなってくるものです。

子供の頃のようにただひたすら真っ直ぐに、というわけにはいかないかもしれませんが、少なくとも自分を見失わないように、時には、あるいは特定の人の前では、傷つくこと、ケガすることを恐れずに、無防備に真っ直ぐである必要があるわけです。

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