子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの。

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名言

子供叱るな来た道だもの、
年寄り笑うな行く道だもの、
来た道行く道二人旅、
これから通る今日の道、
通り直しのできぬ道

- 妙好人 -
(浄土教の篤信者)

 

私たちは先輩からたくさんのことを学び、成長し、今があることを忘れてはいけない。
そして私たちは学びながらも、次は後輩たちに教えていく必要がある。
いつの時代もこの流れは変わらない。
先輩方が前を歩き、教えを授けてくれ、道を拓いてくれている。
そして私たちはその先輩方が拓いてくれた道を歩き、次は後輩たちのために前を歩き、教えを授け、道を拓いてあげる。
その過程は老若男女問わず、誰もがその過程で成長するものであり、その成長の過程は死ぬまで続くもの。

しかしこの流れを理解していない人は、自分が出来ることは他の人も出来て当然だと思ってしまう。
そして出来ない人を見つけては叱ってみたり、バカにしてみたり、蔑んでみたり、がっかりしてみたりする。
まだものの判別が十分に出来ない子供にさえ、「なぜ出来ないのだ!」「なぜ分からないのだ!」なんて言う親もいる。

しかし我々は誰でも始めから出来たわけではない。
直接教えてもらっていなかったとしても、聞いて学び、見て学び、知らず知らずのうちに教わっていることを理解しておかなければならない。
どんなことでもそうであり、例外はない。
私たちの前を歩く先輩たちが、色々な教えを授け、前を歩き、道を拓いてくれている。

ここで誤解の無いように。
先輩とは、何も年上ということではない。
特に今の時代はそうではない。
ここでいう先輩とは、先駆者という意味。
この流れを理解している先駆者は、後輩にも先輩にも愛をもって接することが出来る。
後輩を優しく導き、先輩には感謝と尊敬の気持ちを持っている。
そういう人間だからこそ、多くを学び、先駆者となり、人望が厚い人間になれる。
だから、私たちはそういう人間でなければいけない。
出来ない者がいるならば、手を引っ張って導いてあげよう。

そして、人には向き不向きがあることも忘れてはならない。

何も、必ず自分と同じ道に引っ張り上げる必要はない。
時には、あなたの道はあっちだよと教えてあげることも必要。
自分は当たり前に出来ることかもしれないけれど、他の人にはどれだけ頑張っても、やはり出来ないこともある。
時には、それはそれでいい。
それはそれでいいと教えてあげるのもまた、先輩の役目。
そこを理解していないと、全力で取り組んでいる後輩を厳しく叱りつけることになるかもしれない。
自分らしい道に誘導してあげるのも先輩の役目なのだと思う。

私たちは誰しも先輩であり後輩である。
どんな先輩、後輩になるかは自分次第。

私たちは子供を叱る先輩にもなれるし、導く先輩にもなれる。
お年寄りを笑う後輩にもなれるし、感謝と敬意を表す後輩にもなれる。
どちらの道も選択できる。

ただ、後悔しない道を選択しなければならない。

なぜなら、

来た道行く道二人旅、
これから通る今日の道、
通り直しのできぬ道

なのだから。

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