行動できない理由は外的要因ではなく、自分自身の心の中にあるブレーキが原因である。

自己啓発

あなたは頭の中では理想のイメージがあるのに、行動できないばかりに思い通りにいかないという経験はないでしょうか。
もしかすると、今でもそうだという人もいるかもしれません。

もちろん、私自身もそういう経験もあるし、今でもそうです。
もっとアクティブに行動できれば、もっと違う今になっていたかもしれません。

では、そういう人はなぜ行動できないのでしょうか。

結論から言ってしまえば、行動することが億劫なのです。

ただそれは、意志が弱いとか、面倒くさがり屋とか、そういう単純なものではありません。
いや、そういう場合もあるかもしれませんが。

そもそも人は変化することを本能的に嫌う生き物です。

その理由は、遠い昔の原始時代では、いつもと違うことをすることは死を意味していたからです。

例えば、見たことのない野菜やキノコや植物を食するということは死を意味していましたし、見たことのない生物を狩ることは返り討ちになることと背中合わせでした。

私たちも、もしいつもと違うことをしたり違う行動をすることで死ぬ可能性が出てくるなら、いつもと同じように生活しますよね。

この時に、人間は変化を嫌うことを本能として身につけたと言われています。

また、人間はいつも平均的に体温が36.5℃で保たれています。
これは生物学的なことになるようですが、これらのことでも分かるように、変化することは人間にとってはかなり危険な面があるのです。

こういうことから、人間は本能的に変化を嫌うと言われています。

以前にこのブログでも紹介しましたが、人間は自分の安心領域の中が大好きです。

自分を飛躍的に成長させる方法は安心領域外に出てワープすること。

そこから抜け出すには、なかなかの苦痛を伴うことは間違いないでしょう。

人間が変わろうとする時には、こういうブレーキがかかります。

だからこそ、そのブレーキを外すことが重要なのですが、そのブレーキは決して自分の外にあるものではなく、自分の中にあるものなのです。

変われない理由はたくさんあることでしょう。
お金が無い、時間が無い、人脈が無い、環境が悪い・・・etc

しかしそれらは本質的なものではなく、理由付けにしかすぎません。
もちろん、それらが嘘だと思っているわけではなく、事実そういう理由があるのでしょう。

しかしフォーカスすべきところは理由ではなく自分のブレーキとなっているものの本質です。
つまり変化することや、安心領域の外に出ることがブレーキになっている本質なわけです。

よくよく考えたら、行動できない理由は難しいわけではなく、時間が無いわけでもなく、環境のせいでもなく、行動することで変化してしまうことそれ自体が億劫なわけです。

それらの変化によって、お金を奪われてしまうかもしれないし、時間を奪われてしまうかもしれないし、環境を奪われてしまうかもしれない。
もしくは、それらを得ていかなければならない。

それが億劫なのです。

つまり、それらの理由があるから億劫なのではなく、億劫だからそれらの理由がブレーキをかける理由だと勘違いしてしまうわけです。

実は、変化出来ない理由にそれらを挙げてしまうことは自己正当化なのかもしれません。

そうであれば、自己正当化を認めてはいけません。

自己正当化は一見あなたの味方となってくれているようですが、破滅への道へと導きます。
自己正当化は今の自分の殻に閉じこもるには最大の味方になってくれるからです。

こう考えると、変化することと変化しないこと、どちらが恐ろしいのか分かりませんね。

少なくとも言えることは、人が変われない理由は外的環境が原因ではなく、自分自身の心の中にあるブレーキだということです。

今の環境に満足している人はそれでいいかもしれません。
今の環境を守ることももちろん大切です。

しかし、もし変化を望むのであれば、自己正当化を許さず、自分の中のブレーキを取り外すことにフォーカスするべきだと私は思います。

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