扉のカギをいくら壊そうとも、心にかかっているカギは決して外側から開けられるものではなく、絶対に内側からしか開けられない。

哲学

遠い昔、私がまだ小学校低学年ぐらいだったころだと思います。
日本昔話で、全くご飯を食べようとしない殿様の息子の話を見たことがあります。

その子供は、食べないとお化けが出るとか、鬼が出るとか言われようとも一向にご飯を食べようとしませんでした。
医者に診てもらっても原因も分からず、このままでは死んでしまうと心配した殿様は、家来たちに、もし息子にご飯を食べさせることが出来たら褒美をやると言って、あの手この手でご飯を食べさせようとしました。

家来たちはあらゆる手を使って殿様の息子にご飯を食べさせようとしました。
強制的に無理やり食べさせようとする者や、味を甘くして食べさせようとした者もいました。
それでも一向にその息子はご飯を食べる気配がありません。

そこに現れた一人の家来が、殿様の息子の前で大量のご飯とおかずを、手づかみで豪快に食べ続けました。
それも一切苦しそうな顔はせず、楽しそうに、嬉しそうにただただひたすらご飯を平らげていきます。

するとその光景を見た殿様の息子は、自らお膳に並べられたご飯を、その家来と同じように豪快に食べ始めました。
その息子は家来のあまりにも楽しそうな、そして豪快な食いっぷりに、自分も食べてみたいと思ったわけです。

遠い昔にテレビで見た話ですが、私はこの昔話になぜか衝撃を覚え、今でもはっきりと、その時の絵や声まで覚えています。

そして数年後に同じような話に出会いました。

これはとても有名な話で、皆さんもご存知の、「北風と太陽」という童話です。
ほとんどの人がご存知でしょうが、簡単にこの話をまとめると、

北風と太陽はどちらが強いかを争っていました。
そこで力試しとして、旅人の来ているコートを脱がせた方が勝ちというルールで競うことにしました。

北風は旅人のコートを脱がそうと、力いっぱい風を吹き付けました。
すると旅人はコートが脱げないように手で押さえ、そしてあまりの寒さにさらにコートをもう一枚羽織りました。
結局北風は旅人のコートを脱がすことは出来ませんでした。

そして次は太陽の番です。
太陽は温かい光で旅人を照らし始めました。
すると旅人は先ほど余計に羽織った1枚のコートを脱ぎ始めました。
さらに太陽がぽかぽかと温かい光を照らし続けると、ついに旅人は元々羽織っていたコートを脱いだという話です。

このどちらにも共通することは、強制しようとしたものが敗れるということです。
強制的に何かをさせようとしても、なかなか上手くいきません。

つまり、人の心の扉を無理やりこじ開けることが出来たとしても、その人がその扉から出て来るとは限らないわけです。
その人が出てくるときは、必ず自分の意志で出てくるということです。

私たちは強制的に人を変えることは絶対に出来ません。
私たちに唯一出来るのは、その人が扉から出て来られるようにサポートすることです。

扉のカギをいくら壊そうとも、心にかかっているカギは決して外側から開けられるものではなく、絶対に内側からしか開けられないのです。

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