人間には、苦痛を避けて快楽を得たいという習性がある。ゆえに、現状とは、自分自身が望んで作り上げた集大成なのだと思う。

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自己啓発

昨日、
人に起こる現象さえも左右する網様体賦活系(もうようたいふかつけい)とは?
という記事を書いた。

そこにも書いたけれど、人は起こる現象さえもある程度自分で選択していると思う。

昨日のその記事では、人間の脳にある網様体賦活系(もうようたいふかつけい)という、自分が興味を持ったこと、意識したこと、必要だと判断したことだけをピックアップして取り込むという習性から、意識的にせよ無意識的にせよ、人間は自ら今の環境を選択しているということについて説明した。
今日は別の角度から、現状の自分とは自分が望んだことの集大成だということについて書こうと思う。

いきなりだけれど、
人間には、苦痛を避けて快楽を得たいという習性がある。

例えば、口癖のように、もうこの仕事は嫌だ、不満だ、辞めたい、と言いながら、なかなか仕事を辞めない人がいる。
それは、仕事を辞めることで得られる快楽より、仕事を辞めることで受ける苦痛の方が感じているからだと思う。
つまり、仕事で抱えている不満やストレスは、仕事を辞めることで解決するけれど、その後の無収入というリスクや社会的地位の喪失、新たな仕事を探さなければならないという労力などから苦痛を感じていて、その苦痛の方が仕事を辞めることで得られる快楽よりも大きいと感じているのだと思う。
だから、口では好きなことを言うけれど、行動には移さない。

これはもちろん仕事に限った話ではなく、世の中にはこのような話がたくさん溢れている。
誰もが他人に対して、「そんなに嫌ならやめればいいのに、やらなければいいのに」と思ったことがあると思う。
そんなに嫌なら家を出たらいいのに、そんなに嫌なら別れればいいのに、そんなに嫌なら行かなければいいのに・・・などなど。
誰がどう見ても、やらなければいい、あるいはやればいい、と思えるような行動であっても、本人はそれらに何らかの苦痛を感じているからなかなか出来ない。

これらの選択の連続が人生であり、自分の人生を決定づけていく選択になるのだと思う。

もし今、自分の現状が望んでいないものであれば、今すぐにでも環境や行動を変えればいい。
けれどそれをやらない、あるいは出来ないとすれば、やはり今の状況を自分が望んでいることになると思う。
その理由は、先に説明したように、いくら正しそうな意見を述べても、もっともらしい言い訳を並べても、心の中では苦痛と快楽を天秤にかけ、意識的にせよ無意識的にせよ、自分自身でしっかり選択しているからだと思う。
不満を抱きながらもその場から動こうとしない。
つまり、現状を変える努力をするより、現状を受け入れる方がいいと思っているのだと思う。

そうは言っても、本当に動けないのだから仕方がないと思う方もいるかもしれないけれど、それも過去の選択が現状を作っているのであって、意識的にせよ無意識的にせよ、過去に望んだ選択が現状を生み出していることには変わりはない。

そうであれば、どれだけ苦しい状況であったとしても、時の運によって想定外の状況に追い込まれていたとしても、今の選択を変えなければ現状も未来も変わらない。

努力すること、しんどいこと、リスクを背負うことは確かに苦痛を伴う選択であるかもしれない。
けれど、だからといって何もしないという選択もまたリスクであり、さらなる苦痛を呼ぶ選択になるかもしれない。

苦痛を避けて快楽を得たいという、当たり前のように思える人間の習性だけれど、これを意識せずに無意識に任せていれば、快楽の先にあるさらなる苦痛に襲われるかもしれない。

いずれにしても、人間はこの選択によって、現状と未来を作り上げていくものだと思う。
ゆえに、現状とは、自分自身が望んで作り上げた集大成なのだと思う。

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