人間は皆投資家である。私たちは有限であるお金、時間、エネルギーをどう使うかを常に判断している。

哲学

私の勝手な哲学を述べさせてもらうと、人間は皆立派な投資家である。

このように言うと、投資なんてしないないという人も多いと思います。
投資とは、一般的に資産を増やすために資金を出すことだと定義づけられているからです。

株式投資、不動産投資、FXなどが代表的な投資対象とされています。
しかし、それでも私は皆立派な投資家だと思っています。

なぜそのように思うか。

結論から言うと、投資とは、何も資産を増やすために資金を投資するだけが投資家なわけではなく、自分が持っている有限の物を、いつ、どのように、何に使うのかということを采配し、配分し、実行していくことこそが投資だと思っているからです。

私たちはお金、時間、そしてエネルギーという有限の物を持ち合わせていて、それらをいつ、どのように、何に使うかということを、生きている限りずっと采配し続けています。

限りあるお金をどう使うのか、限りある時間で何をするのか、限りあるエネルギーを何に使うのか。
それらを考え采配し、実行に移す。
これこそ、まさに投資家なのではないかと私は思うわけです。

私なりの投資の定義として、
今得られるものを我慢して、将来により大きなリターンを得られることだと考えています。

人生、全く同じではないでしょうか。

今あるお金、時間、エネルギーをどのような方向に振り向けるのか。
私たちは意識していようがしていまいが、常にこの選択をし、生きています。

今得られるものを確実に得たいのであれば、お金でも時間でもエネルギーでも、全て今に注いで楽しめばいいでしょう。
しかし、今より良い生活を望んだり、今より大きなことを成し遂げたいのであれば、今得られるものを我慢し、お金も時間もエネルギーも将来に注ぐべきでしょう。

これはどちらが良いというものではありません。
全てはその人の考え方次第であり、どのような人生を歩みたいか次第であるわけです。

そして、今得られるものを我慢して、未来にそれらを注いだとしても、確実にそれらを手に入れられるとは限りません。
これも一般的に言われるいわゆる投資と同じです。
資金を投じたからと言って確実にリターンを得られるわけではありません。

だからこそその采配は難しく、人それぞれ、好きなように采配すればいいわけです。

しかし、ここでひとつ言えることは、将来にどのような目的をもって、どのような人生を歩みたいかという確たるものを持っていなければ、限りあるお金、時間、エネルギーを無駄に使ってしまいかねないということです。

少なくとも、やはり自分の目標なり、自分の将来像は持っておかなければなりません。
でなければ、いつ、どのように、何にそれらを使うべきかということが分からないわけです。

私は一生を通して確実に、安定した生活を送ることが出来ればいいと言うのであれば、それなりの会社に勤め、それなりに貯金し、それなりに楽しむことを選択するでしょう。
私は大きなことを成し遂げたいと思うのであれば、それなりに我慢が必要になり、それなりにお金、時間、エネルギーを未来のために注ぎ込む必要があるわけです。
そして家庭のためにそれらの物を注ぎ込むのか、仕事のために注ぎ込むのか、遊びのために注ぎ込むのか、それらも人それぞれ自由であり、全ては自分の采配次第であるというわけです。

こう考えると、やはり私たち人間は皆投資家であると言えるのではないかと思います。

今ある有限の物で投資するのかしないのか、投資するとしたら、いつ、どのように、何に投資するのか、これらが非常に大切になってくるわけです。

だからこそ、このことを意識し、前述のように自分のビジョンを明確に持つ必要があります。

要するに、自分がどのような人生を歩みたいかということを明確に決めれば決めるほど、私たちが与えられた有限の物をより正しく使えるということです。

一度そのような目線で自分の人生を見直してみると、何が大切で、何が不要であるかということも見えやすくなるかもしれません。

このような目線を持つことで、自分自身の人生をコントロールしやすくなり、また、より大切にする思考が芽生えるのではないでしょうか。

コメント

タイトルとURLをコピーしました