人生を豊かにするお金と時間のトレードオフの関係とは?

お金

人の欲求には際限がなく、あれもこれも欲しがってしまうもの。

ルイヴィトンも欲しいしプラダも欲しい。
友達も欲しいし一人の時間も欲しい。
貯金もしたいし贅沢もしたい。
稼ぐために働きたいしゆとりのある時間も欲しい。

このように、あれもこれも欲しがってしまうのが人間だと思う。

けれど、何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。
あれも欲しい、これも欲しい、という気持ちは分かるけれど、それだとなかなか上手くいかない。

そこで必要なのが、トレードオフという考え方。

トレードオフとは何かを得るためには何かを犠牲にしなければならないという考え方であり、一方の欲求を満たすために、一方の欲求は我慢するという考え方。

考え方だけで言えば、とても分かりやすく簡単な考え方だけれど、この考え方通りに行動することは難しい。

人間には感情というものがあり、時には欲求に負けてしまうことがあるから。

これこそが多くの人が人生のトレードオフを間違えてしまう大きな原因の一つだと思う。

そして人生のトレードオフの中で、私個人的にはお金と時間のトレードオフが一番重要であると思う。

前述した例で言えば、
貯金もしたいし贅沢もしたい。
稼ぐために働きたいしゆとりのある時間も欲しい。
という部分にあたる。

今回は、このお金と時間に特化して、トレードオフの関係性について考えていき、
どうすれば金銭的豊かさと時間的豊かさを得られるかを解説したいと思う。

お金と時間のトレードオフ

前述したように、何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。
これがトレードオフの考え方であり、世の中のほとんどがこの関係性で成り立っていると思う。

特にお金と時間のトレードオフの関係性は顕著に出る。

例えば、

①近くのスーパーなら200円する卵が、隣町のスーパーなら100円の特売で売っている。
この場合、隣町のスーパーまで10分かけて移動したとするならば、10分を犠牲にして100円を得たことになる。

②あるいは、近くの書店なら3,000円で売っている書籍が、隣町の古本屋なら1,000円で売っている。
この場合、隣町の古本屋まで20分かけて移動したとするならば、20分を犠牲にして2,000円を得たことになる(中古ということは考えないとする)。

③さらに、アマゾンなら30,000円で売っているレア商品が、近くのお店で開店2時間前から並べば10,000円で買える。
この場合、近くのお店で開店2時間前から並んだとするならば、2時間を犠牲にして20,000円を得たことになる。

上記の3つの例を考えた時に、私ならこれは時間を取るけれど、これはお金を取るな、など、意見は分かれると思う。
あるいは、全部お金を取るという人もいるだろうし、全部時間を取るという人もいると思う。

けれど基本的に、多くの人は時間よりもお金を取ると思う。

なぜなら多くの人は、お金は有限だと認識している反面、時間が有限であるということを忘れがちであるから。

実はお金よりも時間の方が有限である

きっと、お金は使えばすぐになくなるから、お金の有限さはすぐに分かるのだと思う。
けれど時間に関しては、仮に今日1日を無駄にしても、明日はやってくるから、その有限さは見えにくい。

しかし、実はお金はほぼ無限にあるものであり、時間は誰にとっても有限である。
100億の貯金を持っている人であっても、貯金ゼロの人でも、1日は24時間。
お金はまた稼ぐことが出来るけど、時間を取り戻すことは出来ない。

有名なお話で、「86,400円のプレゼント」というお話がある。

とある銀行があり、その銀行は、毎朝あなたの口座に86,400円を振り込んでくれる。
同時に、その口座の残高は、あなたがそのお金を使おうが使うまいが、毎日ゼロになる。
つまり、 86,400円の中で、あなたがその日に使い切らなかった分は繰り越しされず、口座から消える。
そうであれば、あなたは86,400円全てを使い切ろうとするはず。
私たちは誰もがそのような口座を持っている。
それこそが時間。
1日は86,400秒。
私たちはもれなく、毎朝86,400秒が与えられる。
うまく使いきらなかった時間は必ず消される。

お金と同じぐらい、あるいはそれ以上に時間を大切に使いましょう、というお話。

お金なら必死になって使い切ろうとするはずだけれど、時間の場合いまいちその実感がない。
それを教えてくれるようなお話だと思う。

時間とは、お金のように繰り越しも出来なければ、稼ぎなおすことも出来ない。
実はお金よりも時間の方が有限である。

お金を得たい理由は豊かな時間が欲しいから

先日の私のツイート

ここでも書いた通り、人がお金を欲しい理由は豊かな時間を過ごしたいからだと思う。
お金が全てじゃないなどとよく言われるのは、誰もが無意識的にこのことに気づいているからだと思う。

お金そのものが欲しいのではなく、お金というツールを使うことで選択肢が増え、豊かな時間を過ごしやすくなる。
つまり、お金とは本質的に、有限である時間を豊かに暮らすためのツールに過ぎないのだと思う。

私たちが本質的に求めているのはお金ではなく、豊かな時間なのだと思う。
美味しいものを食べたいとか、いい物を身に着けたいなどというのも、本質的には豊かな時間を過ごしたいという思いから来るものだと思う。

生活に何の心配もなく、幸福で、自尊心や承認欲求も満たされるような時間を過ごすことが出来れば、人生これほど豊かなことはないかもしれない。
だから人はお金を求める。

逆に言えば、生活に不安を持ち、不幸で、自尊心も承認欲求も満たされないような時間を過ごしたくないという思いから、お金を求める場合もある。

いずれにしても、人はお金そのものが欲しいのではなく、本質的にはお金を得ることで得られる豊かな時間が欲しいだけなのだと思う。

お金を得ることは人生を豊かにするための手段に過ぎず、目的ではない。

上記に説明した通り、基本的に私たちは豊かな時間を過ごしたいと考えているのだと思う。
つまり、大前提として、どのような時間を過ごすのかが大事であり、お金とは、その大切な時間をより豊かなものにするためのツールに過ぎないと思う。

言わば、お金を得ることは人生を豊かにするための手段に過ぎず、目的ではない。

けれど、お金は有限だと認識している反面、時間が有限であるということを忘れがちであるから、目的と手段が入れ替わってしまっている人も多いと思う。

だから私たちは普段、何の疑いもなく会社で勤めたり、長時間労働をしたり、副業をしたり、嫌な人とも付き合い、嫌な思いもしながら、お金を稼ぐために日々働く。

けれど、お金よりも時間が大切だという価値観で考えるのであれば、本当にそれが正しいのだろうかと疑問が湧く。

もちろん、働くことが好きで、楽しいという人はそれでいいのだと思う。
けれど、働くことに苦痛を覚えていたり、もっと自由に生きたいと思っているのであれば、このお金と時間の関係をもう少し真剣に考え、見直してみてもいいのではないかと思う。

人間は苦痛を避けて快楽を得る生き物

では、時間が何よりも大切だから辛い労働はやめてただ自由な人生を生きればいいのかというと、もちろんそういうわけではない。

お金は豊かな時間を得るためのツールに過ぎないけれど、そのツールがなければ豊かな時間を過ごせないのも事実。

つまり、やっぱりお金も必要である。

そのことは、誰もが無意識的に分かっているから、嫌々ながらにも勤勉に働くのだと思う。

人間というものは、基本的に苦痛を避けて快楽を得ようとする生き物。

それでも労働という苦痛を自ら選択するのは、目の前にある苦痛を選択しなければ、その先にもっと辛い苦痛が待っているということに気づいているから。

つまり、お金がないことで豊かな時間を過ごすことが出来ないのは嫌だ、あるいは、お金がないことで辛い思いをするのは嫌だという苦痛を避けるために、目の前の苦痛を選択していると言える。

極端に言えば、働くことを辞めたら豊かな時間を過ごすどころか生きていくことさえ出来なくなるかもしれない。

だから不自由なく生きていきたいという、目の前の苦痛を選択し、後に待つ快楽を選択する。

これはこれで筋の通った真っ当な心理だと思う。

けれど、この行動をただ無意識に取っていると、その場しのぎの行動を永遠と取ることになり、自分自身で舵を取っているとは言えず、明るい未来を創造していくことは難しくなる。

また、世の中では勤勉であること、一生懸命働くことが常識とされているから、その行動に疑いを持ちにくい。

世間体や常識というものは他人の価値観であり、その価値観で物事を考えているうちは他人の価値観で自分の人生を決めていることになる。

この場合もまた、自分自身で舵を取っているとは言えず、明るい未来を創造していくことは難しくなる。

必要な生活費は人によって違う。

ここまではお金と時間に関する人間心理について述べてきた。
ここからはリアルなお金と時間の関係について考えていきたいと思う。

例えば自分は最低限食べていければそれで十分だという人もいる。
そのような人は無理に辛い思いをして働くよりも、働く時間を最小限にし、質素な生活であっても自分の自由な時間を出来るだけ多く取る方が豊かな時間を過ごせるかもしれない。

逆に、いい車にも乗りたいし、いい物を身に着けておきたいし、おいしいものを食べたいという人もいる。
そのような人は、人より多く働いて、自由な時間を削ってでも、普段から贅沢な生活を送る方が豊かな時間を過ごせるかもしれない。

だからこそ豊かな時間を過ごすためには、自分価値観を知り、お金と時間のトレードオフを、無意識や常識に縛られず、自らの意思で選択することが大切になってくるのだと思う。

多くの人はこのあたりのことを深く考えず、少なくとも「一般的な水準で生活する」ために働くことを選択することが多いと思う。

けれど、上記に述べたように、価値観は人それぞれであり、それによって必要となるお金、つまり生活費も人それぞれ違ってくる。

お金はあればある方がいい。
時間もあればある方がいい。
それは当然だと思う。
けれど、あれもこれも欲しい、ではなかなか上手くいかない。
だからこそ自分の価値観に沿った生き方をするためには、どれぐらいのお金が必要で、どれぐらいの時間を確保したいのかを理解しておく必要があると思う。
それを知ることで、お金と時間のトレードオフを上手く選択していくことが出来るのだと思う。

生活費には、「必要生活費」と「ゆとり費」の2つがある

自分にとってのお金と時間のトレードオフを考えるためには、まず「必要生活費」と「ゆとり費」をしっかり認識する必要があると思う。

必要生活費とは文字通り、生きていくために最低限必要な生活費のこと。

例えば食費、家賃、光熱費、日用品費などがこれに当たる。

ゆとり費とは、生きていくために最低限必要とは言えないけれど、これがあれば豊かさを感じられるというもののために使う費用のこと。

例えば、交際費や旅費など。
そして頭に「贅沢な」がつく費用があげられる。

食費や家賃などは基本的に必要生活費に入るけれど、これが贅沢な食費、贅沢な家賃になるとゆとり費に変わってくる。
必要以上の食費、例えば外食や豪華な食事の場合、ゆとり費に入る。

家賃の場合も、必要以上に豪華な家やマンションに住むならば、ゆとり費に入る。

その他にも、例えば地方に住んでいて移動するのに車が絶対に必要だという場合、移動手段として最低限必要な車に乗っているのであれば必要生活費に入るけれど、新車のベンツに乗っているというのであれば、それもゆとり費に入る。

服や装飾品に関しても、必要以上に高いブランド品や欲しいものを買うなら、それは必要生活費ではなくゆとり費に入る。

要するに、生活するために必要最低限以上のお金を費やしているものは、基本的に全てゆとり費だと思った方がいいと思う。

まず自分の生活費の内訳は、この必要生活費とゆとり費がどのような割合になっているかを知ることがとても重要であると思う。

そしてこのような観点で見れば、意外とゆとり費にたくさんのお金を使っていることに気がつくと思う。

意外と多い、生活費の中のゆとり費の割合

上記のようなことをしっかり理解することで、正しくお金と時間のトレードオフを選択しやすくなると思う。

例えば年収436万円(年収436万円は日本人の平均年収)、一人暮らしのAさんが居たとする。
年収436万円の人の手取りは、色々な条件によって違うけれど、一般的には約350万円程度になる。
Aさんが年間に必要とする生活費は200万円だとし、Aさんが稼いだお金を全て使い切ると考えた場合、残りの150万円はゆとり費となる。

年収436万円で、そんなにゆとり費はないと思う方がいれば、こう考えてほしい。

逆に、200万円では生きていけないと言えますか?

200万円を12カ月で割ると約16万7千円。
家賃、光熱費、食費、その他支払いを考えれば、決して裕福な暮らしが出来るわけではないかもしれないけれど、一人暮らしであれば十分生活していくことは出来ると思う。

つまり、もし平均年収を得られている人であれば、年間150万円ぐらいのお金は浮いてくるはず。

それでも、日本には貯金ゼロの世帯が3~4世帯に1世帯あると言われている。
どれほど私たちが知らず知らずにゆとり費に支出を充てているかがわかると思う。

贅沢せずに時間を買うのもあり

仮に平均年収を得ていたとして、150万円のお金が浮いてくるとすればどうするだろうか。
先に述べたように、多くの人はゆとり費として使うことが多いと思う。

知らず知らずのうちに収入に見合う家に住み、収入に見合う食生活をし、収入に見合う車を買ったり、収入に見合う服や装飾品を買ったりする。

けれど、もし自由な時間の方が大切だという価値観を持っているのであれば、そのゆとり費にお金を使わずに、その分労働時間を抑え、自由な時間を増やしていくというのも手段の一つだと思う。

もし平均年収である436万円を得ていて、150万円のゆとり費がある代わりに全然自由な時間がないというのであれば、年収250万円(手取りは約200万円)の仕事に転職して時間を買うというのも一つの方法だと思う。

年収250万円なら、残業がなかったり、そもそも就労時間が短かったり、通勤時間を1時間減らすことが出来たり、条件を広げることが出来ると思う。

また、ストレスをたっぷり抱えるような会社で平均年収を得ているのであれば、気楽に出来るような会社ややりがいのある会社に勤め、会社にいる時間そのものに少し自由を持たせることも出来ると思う。

アルバイト、契約社員でもなんとかなるかもしれない。

さらに、自由な時間が増えるなら少々貧しくてもいいというのであれば、もっと必要生活費を抑えることだって出来る。
家賃も物価も安い地方に暮らして、労働はそこそこにのんびり暮らすという選択もありだと思う。

お金と時間のトレードオフとは、まず自分の価値観を明確にすることで正しく選択で出来るものであり、それが出来ることで自分の人生の豊かさを得られるのだと思う。

未来の時間に投資する。これもお金と時間のトレードオフ。

前述のように、豊かな時間を過ごすために労働を減らす、収入を減らす、倹約することも立派なお金と時間のトレードオフ。

けれど、未来の時間のために今のお金と時間を投資することも、お金と時間のトレードオフだと言える。

仮に年間150万円のゆとり費が生まれるのであれば、それを今浪費するのではなく、今豊かな時間を得るために労働を減らすのでもなく、そのゆとり費でお金の生る木を買うことに専念したとすれば、未来にはお金も手に入れながら豊かな時間も過ごせる可能性が高くなる。

仮に年間150万円を、投資利回り5%で10年運用した場合、資産額は19,410,285円となる。(年150万円÷12カ月=月間125,000円を毎月積み立て投資した場合)

その資産額19,410,285円を年利5%で運用した場合、年間約97万円の投資収入を得られることになる。
仮に年間200万円で生活できる人なら、その半分近くは不労所得から得られることになる。
残りの103万円を12カ月で割ると、必要月収は約86,000円となる。
副業でもアルバイトでも稼げそうな金額になり、セミリタイアが可能となる。

さらに同じ条件で20年運用した場合、資産額は51,379,209円となり、その資産額を同じように年利5%で運用すると年間約257万円の投資収入を得られることになる。
年間200万円で生活できる人はフルリタイアが可能となり、さらには年間57万円、月々5万円近くのゆとり費が生まれることになる。

そして見るべきは、年間の不労所得ももちろんだけれど、ゆとり費でお金の生る木を買うことで、すでに51,379,209円の資産を持ち合わせているという部分でもある。

お金と時間のトレードオフ、最大の・・・

今あるゆとり費を、お金の生る木を買うことに使えば、未来の時間を買うことが出来る。

お金と時間のトレードオフの関係において、今あるお金、今得られる豊かな時間で考えることも重要だけれど、今あるお金と未来に得られる豊かな時間で考えることもとても重要だと思う。

そこまで視野に入れて考えることが出来れば、お金と時間のトレードオフをより上手く選択することが出来ると思う。

そして欲求に負けずにそれを実行することが出来れば、必ず金銭的豊かさと時間的豊かさの両方を得られると思う。

豊かな生活、豊かな時間をあきらめている人も、中にはいるかもしれない。

けれど、このお金と時間のトレードオフの関係をしっかり選択出来れば、誰もがその両方を手に入れられると思う。

まとめると、人間の欲求には際限がなく、得られるものは全て得たいと考える。
だから手元にお金があればそれをゆとり費として使う。(これも自分の選択であり、決して悪いことではない)
その結果、収入はそこそこあっても、お金は貯まらず、自由な時間も少ない。
けれど、自分の生活費の内訳の必要生活費とゆとり費がどのような割合になっているかを知ることで、ひとくくりにしていた生活費の中で、意外とゆとり費に多くを使っていたことに気づくことになると思う。
それらを知ることで、ようやくきちんとしたお金と時間のトレードオフの関係を知ることが出来る。

もしお金よりも自由な時間の方が大切だという価値観を持っているのであれば、そんな贅沢をするよりも、その分自由な時間を得ることを選択すると思う。

多くの人は、無意識のうちに、また常識に従ううちに、労働し、そのお金で一般的に不自由のない暮らし、あるいはそれよりも高い水準の暮らしをしようと考える。

それが間違っているとは言わないけれど、それが本当に自分の価値観に合っているかどうか、考える必要はあると思う。

セミリタイアやフルリタイアは圧倒的に稼ぐことの出来る人のお話で、自分には遠い世界のお話だと思っている人も少なくないと思うけれど、実はそうでもない。

ただ、リタイアやセミリタイアをしようと思うと、必ず不労所得が必要になることは間違いない。

もし年利5%で不労所得が入ってくるとしても、生活費に500万円必要だとすれば、1億円の資産が必要となる。

そのように考えるから、自分にはセミリタイアやリタイアなんて別世界の話だと思うけれど、前述のように、ゆとり費を抜いて本当に必要な生活費だけに焦点をあててみて、必要生活費が必要だと思っていた生活費の半分、250万円だとすれば、必要な資産は5,000万円になる。
必要生活費が200万円なら必要な資産は4,000万円になる。

しかも、これはフルリタイアの場合であり、セミリタイアで考えるならその半分でもいいかもしれない。

必要生活費200万円の半分だけ不労所得でまかない、半分は労働でまかなうと考えるセミリタイアなら、必要な資産は2,000万円になる。

それでも、その2,000万円を作ることが出来ないんだよという人はこう考えてほしい。

あなたはもっと大きな金額を、家のローンという形で借金していませんか?

一般的に考えても、持ち家でローンを組んでいる人は2,000万円から5,000万円ほどの借金をしているはず。
借金をしている時点で、つまり自分に支払えないものを借りてまで購入している時点で、それも立派なゆとり費である。
そして最後にはそのお金は、大きな金利付きで返済しなければならないことを忘れてはいけない。

つまり、 ローンを組んで家を買う人のほとんどは、2,000万円から5,000万円ほどのお金を貯蓄したり、運用したりできる能力はあるはず。

そう考えると、セミリタイアやリタイアはグッと近づいたように感じ、お金と時間のトレードオフについて、未来まで視野に入れて考えやすくなると思う。

まとめ

世の中お金じゃない。
世の中はお金だ。

この議論に決着がつかないのは、そもそも私たちはお金そのものが欲しいわけではないけれど、お金は豊かな時間を過ごすために最も有効なツールであり、必要不可欠なツールだからだと思う。

だからお金だけに執着してはいけないけれど、お金もというツールも得ていく必要がある。

そう考えれば、お金と時間のトレードオフを正しく選択することが出来れば、お金を得ることと豊かな時間を過ごすことは両立できるはず。

そのためには、自分が本質的に何を求めているのか、自分の価値観を明確にする必要があると思う。

自分の価値観に沿った舵取りをしなければ、その船はどこに向かうか分からない。

そして上記に述べたように、お金と時間の関係を知ることで、自分の価値観に合った正しいお金と時間のトレードオフを選択することが出来ると思う。

時間は有限であるからこそ、目の前のお金と時間のトレードオフだけを考えるのではなく、未来のお金と時間のトレードオフまで考えることが出来れば、さらに人生全体を豊かなものに出来ると思う。

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