ネガティブな自分を悲観することはない。自分の意思とエネルギーを持っている証拠。

哲学

一般的に、ネガティブな思考は良くないとされている。
だから、ネガティブな思考の人は、自分はネガティブだから駄目だと思ってしまうことがあると思う。

確かに、ポジティブとネガティブどちらがいいかと言われれば、ポジティブの方がいいと思う。
けれど、ネガティブが必ずしも悪いとは限らないと思う。

ネガティブとは、否定的であったり、消極的であったりすること。
さらに言えば、嫉妬、憎しみ、怒り、憎悪、嫌悪、悲観などの感情とも言える。

私がネガティブが必ずしも悪いとは限らないという理由は、そこには物凄いエネルギーが働いているから。
例えそれがマイナスのエネルギーであったとしても、そこにエネルギーがあることは決して悪いことではなく、むしろ良いことだと思っている。

嫉妬、憎しみ、怒り、憎悪、嫌悪、悲観など、それらはどれも物凄いエネルギーを持っているものだと思う。
だから、これらのどの感情を抱いても疲れる。

つまり、ネガティブな人には、ちゃんとエネルギーがみなぎっている。

一番問題なのは、ポジティブでもネガティブでもなく、無気力、無関心だと思う。
そこにはほとんどエネルギーがなく、自分の意志も思考もほとんどない。
少なくとも、ネガティブには自分の意志と思考があり、それらに対してのエネルギーを持っている。

例えマイナスであっても、エネルギーがあれば、それをプラスの方向に持っていくことは出来る。
けれど、エネルギーそのものがなければ、それを作り上げることは難しい。
マイナスのエネルギーをプラスに転換するよりも、ゼロのエネルギーをプラスにすることの方が難しいと思う。

人は時に、自分のネガティブな部分がハングリー精神となって、大きな原動力や武器となる場合がある。

絶対に見返してやるという気持ち。
貧乏が嫌で抜け出そうとする気持ち。
あんな人にはなりたくないという気持ち。
コンプレックスを克服しようとする気持ち、あるいはそれを活かすことなど。

嫉妬、憎しみ、怒り、憎悪、嫌悪、悲観。
それらすべての感情が大きな原動力や武器となり得る。

スタートはマイナスのエネルギーであったとしても、そのエネルギーをプラスに変えることが出来れば、物凄い原動力やパワーとなることがある。
そこにはエネルギーがあるから、そのようなパワーを発揮することが出来る。

無気力、無関心では、例えスイッチをマイナスからプラスに切り替えたところでほとんど変わらない。
しかし、エネルギーを持っている人のスイッチが、マイナスからプラスに切り替わったら、物凄いパワーを発揮する。

自分はネガティブだと感じている人であっても、決して悲観することはないと思う。
例えネガティブで、一般的にはマイナスだとされているエネルギーを持っていたとしても、エネルギーを持っていること自体が良いことだと思う。
その心構えのスイッチを転換させることが出来れば、そのエネルギーは一気に違う方向に流れ、猛烈なスピードで良い方向に転換されることがある。

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