問題の本質は、年功序列制度、学歴社会、会社の評価制度ではない。

ビジネス

キャリコネニュースの記事にて。
「東大院卒の私と、無名大の学部卒の同期がほぼ同じ給料」年功序列の会社に不満の声
という記事が書かれていた。

記事では、会社の年功序列制度に対する不満が多く書かれている。
その中でも一つ、面白かったコメントを引用させてもらう。

「私のような東大修士卒、かつ院試を首席で合格した人と、聞いたこともない大学の学部卒の人であっても給与はほぼ同じ。学部卒か修士卒かによって基本給が1~2万円違う程度。昇進のタイミングはほぼ年齢・勤続年数で決まっているため、今後も基本給に差はほとんどつかない。年2回、業務評価を行って賞与に反映されるが、形骸化した評価制度。個人の業務を概要しか伝えられていない上司が評価するため、殆どの人が同じ評価を得て賞与に反映されます」

この記事のタイトルにもなっているコメントなのだけれど、言っていることが矛盾しすぎて面白い。
この方の意見は、年功序列制度に対しては批判的なのに、学歴社会は守ってくれという意見だと思う。

「学部卒か修士卒かによって基本給が1~2万円違う程度。昇進のタイミングはほぼ年齢・勤続年数で決まっているため、今後も基本給に差はほとんどつかない。」

というコメントを見ると、私は、それならなおさら仕事の実力で昇進なり昇給なりを勝ち取ればいいのにと思ってしまう。
裏を返せば、私は仕事の実力には自信がないけれど、学歴がいいのだから無条件で給料をもっともらうべきだという考え方なのだと思う。

このような、私はもっと優遇されるべきだ、自分はもっと与えられるべきだと世の中に向かって言う人ほど、自分の内側を磨こうとはしないから、結果的に得られない人生になりやすいと思う。
実際に何かを得られなかったら、それを他人の評価や環境や運のせいにして、また不満を述べる。

そうではなくて、結果を素直に受け止めて、自分の内側を磨き、結果を勝ち取っていかなければならないと思う。

以前に書いた記事、
挑戦せずして成功なし
にも書いたけれど、結果というものは、そもそも何らかの要因がないと出ないものであることは、子供でも分かるこの世の大原則だと言える。

つまり、会社の体制が整っているから結果が出るわけでも、上司の評価基準が正しいから結果が出るわけでもない。
自分の努力と実力をどれだけ発揮するかで結果が出る。

それを勘違いし、会社そのものの体制や上司の評価制度、あるいは時の運や環境が悪いと言って、何の努力もせず、全力を出さず、何の成果もあげなければ、当然ほしい結果は得られるはずがない。

時には不満を漏らすのもいいかもしれないけれど、その前に、自分の出来ること、やるべきことを全力でやってみる必要がある。
それでも、本当に会社の体制や評価制度が変わらないと思うなら、転職や起業をしたっていいと思う。
それも欲しい結果を得るための一つの行動なのではないかと思う。

私見だけれど、不満を漏らす人の中に、いつでも会社を辞める気だというそぶりを見せておきながら、なかなか退職しない人が結構いると思う。
それこそが、不満ばかりを述べて何の行動もしない人の典型的な態度だと思う。

恐らく、そのような人たちほど、ゴリゴリの実力主義の会社には飛び込まないと思う。
きっと、今度は逆に、40代、50代になってあの給料じゃあ先が暗い、などと言うのではないかと思う。

結果には、必ずそれ相応の原因がある。
逆に言えば、行動することで、望む結果を得られる原因を作る必要があるとも言える。
不満を漏らす前に、まずはその原因づくりに一生懸命にならなければならないと思う。
それは農業の種まきに当たる部分であり、種をまかずして収穫はあり得ない。

以前に、
農業に学ぶ因果の法則。種まきなしにいきなり成功はありえない。
という記事も書いているので参考にしてみてほしいと思う。

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