二宮金次郎の名言。道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。

名言

道徳なき経済は犯罪であり、
経済なき道徳は寝言である。

- 二宮金次郎 -
(二宮尊徳〈にのみやたかのり、にのみやそんとく〉。困窮する村を救済するため立ち上がり、報徳仕法を唱える。その思想が高く評価され、農民として生まれながら幕府の役職にまで昇りつめる。経世家、農政家、思想家。)

お金は汚いものだとか、お金は重要なものだとか、大昔からそれぞれの意見は違いますが、それらの意見を述べる人たちも納得してしまう素晴らしい言葉ではないでしょうか。

道徳なき経済はまさに犯罪ですね。

お金のためには手段を選ばないというような思考では当然よくありません。
中にはお金のために本当に犯罪を犯す人もいるでしょう。
この部分を見るから、お金は汚いものという意見がいつまでも無くならないのでしょう。

とは言え、お金を軽視してはいけません。

お金が無ければ生きていくことさえ難しくなりますし、ある程度の余剰金があれば、人生の選択肢は大きく広がります。
また、余剰金で新たなお金を生むことが出来るのです。
この人生の選択肢が広がるということがどれだけ重要なことか。
また、お金が無いせいでどれだけ人生に制限をかけられてしまうか。

いくら素晴らしい思想を持っている人でも、人格者でも、それらを実行できる余裕がなければそれらの思想は絵に描いた餅になってしまいます。
言うのは簡単。

まさに経済なき道徳は寝言です。

二宮金次郎は百姓でありながら、お金の大切さに気づき、小さなときから仕事に励み、貯蓄し、新たな土地を田畑として耕し、その範囲を広げ、その貯蓄をさらに増やし、とてつもない財をなしました。

そしてその手法を荒れ果てた村々に伝え、自ら村の復興作業に取り掛かり、たくさんの村を救って来たのです。

積小為大(小さな努力の積み重ねが、やがて大きな収穫や発展に結びつく。小事をおろそかにしていて、大事をなすことはできない。)の精神で、二宮金次郎はただの農民から幕府へと昇りつめました。

この二宮金次郎の生き方こそ、今の時代にも重要な生き方なのだと私は思います。
どんな時代でも積小為大の精神が必要なわけです。
それを繰り返すことでしか、大きなことは成しえないのです。

二宮金次郎は農民でありながら、またお金は汚い物と言われる時代の中で、お金、経済の大切さに気づき、コツコツ田畑を広げるとともに、貯蓄も増やし続けました。
幼少期は極貧だったからこそ、キレイ事では済まないお金の大切さに二宮金次郎は気づいたのでしょう。

道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。

この言葉をしっかりと頭に入れ、やはり寝言で終わらないように、せめて自分や自分の周りを守れるだけの財力は持ちたいものです。

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