忍耐力も正しく使わなければ悲しい結末を生む。

哲学

何らかの物事を成し遂げようとするとき、必ず挫けそうになるときや、あるいは辛く苦しくなるときがある。
そこで重要になってくるのが忍耐力。
どれだけ忍耐力を持っているかどうかで、そこで挫けてあきらめてしまうのか、あるいはもう一回踏ん張れるのかが決まる。
だから、成功には必ず忍耐力が必要となる。

しかし、成功に絶対必要であるはずのその忍耐力も、正しく使わなければ悲しい結末を生むことになる。

例えば、就職したら3年は続けろとよく言われるけれど、それが本当に正しいのかどうかなんて分からない。
一度会社に就職すると、そう簡単に辞めてはいけないという風習があるので、とりあえず耐える人が多いと思う。
確かに、そうすることで今まで見えなかったことが見えるようになったり、新しい仕事やポジションが与えられ、やりがいが生まれ、楽しんで仕事が出来るようになることもある。
そうなれば素敵なことだと思う。

しかし、忍耐強く続けてしまったばっかりに、なかなか抜け出せなくなることもある。
ある程度昇給し、転職しようにもなかなか今と同じぐらいの給料をもらえる会社がなかなか見つからない、ということもある。
そのようにして、また忍耐を続ける。
そのうちに、結婚し、子供が生まれ、新たな家族を手に入れたと同時に責任も背負うことになる。
家庭の生活費、子供の教育費、家賃や住宅ローン、その他もろもろを考えると、いよいよ会社を辞めるわけにはいかない。
だからまた忍耐を続ける。
そしてある程度いい年齢になり、仕事でもそれなりのポジションに就いていれば、いよいよ転職なんて出来ない。
ずば抜けたキャリアがあれば別だけれど、ある程度の年齢になれば再就職は難しくなり、今与えられているポジションや給料で雇ってくれる会社なんてほぼ無いと言える。
そこまで来て会社の労働地獄にはまっていると気づいても、なかなか後戻りはできない。
その結果、最後まで忍耐を続ける。

と、ここまでは言いすぎかもしれないけれど、間違った方向に忍耐力を使うと、ただただ自分の人生の時間を浪費し、後戻りできないという状況に陥ることがある。
忍耐強く耐えれば耐えるほど、時間を浪費し、悲しい結末に陥ることがある。

結婚生活にしても同じだと思う。

以前に、
「離婚は悪い事」という世間の常識に流されてはいけない。
という記事を書いたけれど、
一度結婚したからと言って、絶対に添い遂げなければいけないというのではないと思う。
お互いにとって一緒に生活することが良くないのであれば、思い切って離婚することも必要だと思う。
そこでも、いずれ関係が良くなるだろう、いずれ理解してくれるだろうと考え、忍耐に忍耐を重ねる人が多いと思う。
何も簡単に離婚すべきだと言うわけではないけれど、やっぱりダメなものはダメ、ということもある。

もちろん、耐えることが悪いことだとは思わないけれど、自分にとって何が正しいのか、自分は何がしたいのか、何に時間を費やして、何にエネルギーを使いたいのか。
ここをしっかりと考えないと、せっかくの忍耐を無駄に使うことになると思う。

そうならないためには、一番いいのは自分のビジョンをはっきりとさせること。
自分が何者になりたいかをハッキリさせていれば、自分が耐えるべきこと、そうでないことがハッキリと分かる。

もしそのような明確なビジョンがまだ持てないというのであれば、普段から何事にも疑問を持つことが大切になってくると思う。
忍耐力を間違った方向に使ってしまうときは、大抵なんとなく、深く考えずに、流れのままに耐えているのだと思う。

何かに耐えるということは、それ自体はとても素晴らしいことで、確かに頑張っているのだと思う。
多くの人がそのようにして頑張っている。
だけど、その頑張る方向が間違っていれば、その忍耐は無駄なものとなり、時間を浪費することになる。
時間は戻せないからこそ、普段から考え、疑問を持ち、自分は何をしたいのかをハッキリさせておくべきだと思う。
そのようにして、正しい方向にエネルギーを向けることが出来れば、その忍耐力はいずれ花開くためのとても重要なパワーに変化すると思う。

耐えること、それ自体が美学ではなく、自分の指針とその忍耐力を一致させることが何より大切なのだと思う。

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