親孝行したいときに親はなし。

その他

ちょうど1年前、私の祖母は他界しました。

私は祖母が大好きでした。
小さい時からいつも私に優しく接してくれ、大人になってからも常に気にかけてくれていて、たまに顔を出した時には
「あれ持って帰り、これ持って帰り、もっといっぱい食べなさい。」
という具合に、私の事をずっと大切にしてくれていました。

いつか絶対に、祖母にはいい思いをさせてあげよう。
そう思っていました。

そんな私も妻子を持ち、仕事も忙しくなり、なかなか祖母に顔を見せることが出来なくなりました。

そんな時でも電話があり、
「元気か、うまくやってるか、たまには顔を見せに来て」
と言ってくれていました。

ひ孫の顔も2度ほどしか見せられずに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
それでも、出産祝いやなんやらで、祖母は私のことをいつまでも大切にしてくれていました。
落ち着いたら必ず恩返しをしに行こう、ひ孫の顔をもっと見せに行こうと思っていました。

そんな時に悲報はやってきました。

電話で祖母が亡くなったことを知らされた私は、あれだけ元気だった祖母がなぜ?という疑問、そして恐怖に似た感情が沸き起こったことは今でも覚えています。

それでも、正直その時はまだ実感らしい実感はありませんでした。

その日の夕方、亡くなった祖母の顔を見て、ようやく実感が湧き、涙が止まりませんでした。
そこには私と同じように祖母に愛された親戚たちが駆けつけていて、皆私と同じように泣き崩れていました。
亡くなったとは思えないぐらいキレイな祖母の顔を見て、私はとにかく泣いていました。

あんなに大好きで、いつか恩返ししようと思っていた祖母に対して、何の恩返しも出来ず、むしろ最後までお世話になったことへの悔しさ、そして感謝の気持ちが入り混じって、私の感情は何が何か分からなくなっていました。

そして月日が経ち、今はすっかりお仏壇に手を合わせることにも慣れてきました。
「ありがとう婆ちゃん、これからも一生懸命やることを誓います。いつまでも見守っていてね。」
という具合に。

そのように、祖母の他界から1年が経った今思うことは、次は同じように母の時に後悔するかもしれないということです。

私の親は、私が小学校1年生の時に離婚し、それ以来、女手一つで私と兄を育ててくれました。
少しだけヤンチャだった私は、母親が学校に呼び出されるようなことを何度かしてしまっていました。
そんな時でも私を邪険に扱わず、厳しくも優しく、私の事を見放そうとはしませんでした。

やはり私は母親にも親孝行しよう、いつかいい思いをさせてやると思っています。
しかし、祖母の他界で、自分の大切な人が亡くなる恐怖を覚えました。

いつかではダメなんだなと。
今、この瞬間から大切に、出来る範囲でいいから大切に。

今ではそう思っています。

とは言え、やはりいい思いをさせるためには稼ぐことも大切で、忙しくすることも必要なわけです。
このバランスは難しいところですが、少なくとも言えることは、将来とか、いつかとか考えていると、時はあっという間に過ぎてしまい、祖母の時の二の舞になるということ。
だから、私は時間の限り全力を尽くす必要があるということに気づきました。

恩返しする前に他界されてしまうという悔しさは二度と味わいたくないと思っています。
それは母だけではなく、義母、義父、そのほかにも親戚や仲間に対してもそうです。

さらに、子供に対しても、子供である時間は限られていて、その時に何をしてやれるのか、ただ忙しくしているうちにあっという間に子供も大人になってしまう。

その怖さを私は実感しました。

いつか、なんて言っている暇はないわけです。
今、この瞬間に動き出したとしても、それが結果になるのにも時間がかかるわけです。

だから、人の人生を大切にし、そして私自身の人生も大切にする必要があるのだと実感しています。

あなたにもそのような人が必ずいるはずです。

あなたの人生も、あなたが大切にしている人の人生もあっという間です。

出来ることを今しなければ、必ず遅れをとることになります。

親孝行したいときに親はなし。

そしてそれは親に限らないと私は思っています。

大切な人を大切に出来るうちは幸せなのだと思います。

それが出来る間に、私は自分が出来ること全力を尽くしたいと思っています。

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