性格ってなんだろう?妻と話していて思ったこと。

哲学

先日妻と話していて思ったこと。
今日はただそれだけの話。
ただただそれを書き綴っていこうと思います。

私の妻

周りから見ると私の妻はしっかり者で要領がよく、頭のいい強い人間らしい。

でも私にはそうは映らない。

これは妻をディスってるわけではなく、本当にそうは映らない。

確かに、家事も子育てもしながら仕事もしていて、その仕事の中でもなかなかの業績を上げてるらしい。

実際、

「ニノミヤさんの奥さんってしっかりしてますよね。」

なんて言われることも度々ある。
そういう意味では、本当に妻はしっかり者なんだと思う。

でも、私にはどうしてもそう映らない。

なぜだろう?

妻との話で思ったこと

先日、妻とゆっくり話す時間があったので、子供が寝静まった夜、二人でたくさんの話をした。

仕事のことや子供のこと、家庭のこと、将来のビジョンなど、たくさんの話をした。

そんな中、妻が

「そんなん言ってられへん。私がしっかりせんと。私は誰かに頼ったりせえへん!私はそういう性格なんやから。」

と漏らした。

前向きでいいことだ、と思うよりも前に疑問に思ったことがあるので、そのまま妻にぶつけてみた。

「そういう性格なん?全然知らんかったけど、それ、誰が言うてんの?」

その言葉に、妻は少しびっくりしたような顔をしたが、子供の頃からそういう性格だと言い張った。

私には、妻がそういう性格だということに違和感があったんだと思う。
少なくとも私にはそうは映らない。

「しんどい時はしんどいって言ったらいいんじゃない?協力してもらうことも大事やよ。」

と言うと、

「そんなことは出来ない。」

と言った。

その後、どれぐらい喋ったかはわからないが、私には君がそういう風には映っていないことを話し、一人でなんでも解決しなければならないとか、人に頼ってはいけないとか、それは君が勝手に思いこんでるだけだよ、というような話を続けていた。

すると出てきた言葉が、

「だって、昔から私はそういう子って言われてきてるんやもん」

という言葉だった。

きっと妻は、周りからしっかりしている、強い、などと言われているうちに、いつしかそういう人間でいなければならないと、無意識のうちに思いこんでいたんだろうと思う。

しっかり者で要領がよく、頭のいい強い人間というのは、
周りの期待にこたえようとする妻の演じた自分の姿なのではないかと思う。

妻の一言でこのことに気づき、そのまま妻にそれを伝た。

そしてしばらく話しているうちに、妻もそのことに気づき、どうやらそういう自分でいなければならなかったことが辛かったようだった。

一度そのことに気づくと、無理していた過去の自分がボロボロと出てきたようだった。

きっと妻は、私には一番素の自分を出せているんだと思う。

だから私には妻が、みんなの言うような人間には映らなかったんだと思うし、妻の言葉に違和感があったんだと思う。

性格なんて自分にも分からない。

そもそも性格ってなんなんだろう?

性格なんてものは他人が勝手にその人のことをそういう風に映し出した像にすぎないんじゃないだろうか?

周りの人から見れば妻はしっかり者で要領がよく、頭のいい強い人間なのかもしれないが、
私に映る妻は、しっかりしていて頭もいいかもしれないが、決して強い人間なんかではない。
むしろ誰かの支えを必要としている、か弱い人間なんじゃないかと思うほどだ。

でも、私もこのように勝手に妻を映し出しているのかもしれない。

こういう人間、こういう性格というように人を見るべきではないんだろうと深く感じた。

自分の勝手な色眼鏡はしまっておき、今、その人の考えていることや言動を真剣に見るべきなんだろう。

そして自分自身が、そういう風に他人の作り上げた像になったり、そのように思い込む必要もない。

仮に本当にそういう人間だったとしても、人は成長し変われる生き物だ。

人に決められた人間でいるより、自分がどのような人間でいるかを大切にしたい。

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