歴史に学ぶ増税の恐ろしさと二宮金次郎に学ぶお金の哲学。

お金

10月より消費税が10%に増税されました。
これは1989年4月、竹下内閣の時に3%の消費税を導入してから、ちょうど30年で10%に引き上げられたことになります。
それまでは100円の物は100円として購入できたわけですが、消費税導入から30年経った今、100円の物を買うときは、政府に10%の10円を支払わなくてはいけなくなりました。
10,000円の物を買うなら1,000円を政府に支払わなくてはならなくなりました。
額が大きくなればなるほどその負担は大きくなります。

もちろん、税金は消費税だけではありません。
私たちはあらゆるところで、何をするにも、政府に見張られているかの如く、税金を徴収されます。

所得税、住民税、固定資産税、相続税、贈与税、自動車税など。
あげだせばキリがないほど、本当に何をするにも税金を徴収されます。

一般的には、収入の3~4割が税金として徴収されるでしょう。

もちろん、国を運営するうえである程度税金を徴収する必要があります。
しかし、あまりに徴収しすぎると、恐ろしい事態になりかねません。
このことは歴史を見ればよく分かります。

300~400年ほどさかのぼった江戸時代、世の中では納めなければならない年貢の量が多く、たくさんの人たちが飢えていました。
その年貢の量はとても厳しく、働いても働いても年貢として持っていかれてしまい、自分たちの取り分はほんのわずかで、充分に食べていくことが出来ない状態になっていた村もありました。

そのような村がどうなっていったかと言うと、働いても働いても充実しない生活に嫌気がさし、働く気力さえも失ってしまい、村は荒れ果ててしまったそうです。

その結果、ついには納めなければならない年貢の量をはるかに下回る量の農作物しか作ることが出来ず、藩の財政自体を苦しめることとなりました。
つまり、過度の税の徴収が人々の働く意欲を無くし、結果として藩全体の衰退へとつながってしまったわけです。

これは今の世の中でも同じことです。

今は働く意欲を無くすということはあまりないかもしれませんが、扶養控除内で働こうとする人が多いのは、間違いなく税制度の問題であると言えます。
仮にその制度が無ければもっと働くという方はたくさんいらっしゃるでしょう。

また、増税による消費の冷え込みもあります。
あまりに納税金額が高すぎて、そもそも収めようとしない人も実際にいるでしょう。
年金もそうです。
年金は義務として定められていますが、実際に約3割程度の人が年金を納めていないと言われています。
納めていないのか、納められないのかは分かりません。

政府が税金を徴収するのはある程度仕方ないですが、少なくとも税金によって苦しめられている人の割合が、ここ数年で大幅に増えていると感じます。
もしかすると、江戸時代の年貢に苦しむ農民とそんなに差はないのかもしれません。
江戸時代に百姓一揆が起こったように、政府に反発する人は増えるでしょうし、治安も悪くなります。

このままでは国民と一緒に政府まで衰退してしまう可能性があるということです。
そうなると恐ろしいスパイラルに陥ってしまうことは言うまでもありません。

江戸時代では、衰退してしまった藩の財政を立て直すために、村の復興に注力することになりました。
そしてそこで立ち上がったのがかの有名な二宮金次郎です。

二宮金次郎は生涯で、約600もの村の復興に携わった凄腕の持ち主です。
その二宮金次郎が復興の際に最も大切にしていたことが「分度」というものです。

分度とは、定めた分限に従い、暮らしの度合いを設計するというものです。
つまり、簡単に言えば収入に応じた生活設計をし、それに見合った生活をするということです。

その際、二宮金次郎は収入を計算し、その収入の中でどうすれば復興できるほどのペースで借金返済が出来るのか、そしてそのためにはどれほどの生活水準に設定すれば良いのか、そしてその中でどのように余剰金として貯蓄をすればいいのかということを考え、それら全てのバランスが上手く取れるラインを設定しました。
そしてそれに従った生活をすることで、実際にたくさんの村が復興していったわけです。

この思想は現代でもとても参考になるので取り入れてみてほしいと思います。
収入からまず生活費を計算するのではなく、借金があるならその返済額を計算し、次に余剰金を計算する、そして残ったお金を生活費として充てる。
その生活費も余裕があるのであれば余剰金に回して万一の場合に備えるという方法です。

そして二宮金次郎が村の復興のために分度を決めたのは農民に対してだけではありません。
むしろ農民よりも藩に対して厳しい分度を設定したのです。

ここでいう分度とは、農民と藩の分度。
つまり、村全体の収穫に対して、藩の取り分と言える年貢の量を極端に減らしたわけです。

二宮金次郎はある村の復興の時に、この村が荒れ果ててしまった最たる原因は高すぎる年貢にあると気づきました。
収穫できる農作物の量に対して、年貢の量が多すぎたわけです。
そこで、きちんとそれに見合った年貢に設定したわけです。
むしろ、復興するまではその復興に資金がいるわけですから、その見合った設定よりも少ない年貢の量で我慢させるよう分度を設定したわけです。

そして藩と農民、お互いがその分度内で生活し、復興に全力を注げたことで、たくさんの村が復興していったわけです。

これって、今の日本と何ら変わりないと私は思うのです。

政府は財源が必要だと言って増税を繰り返し、私たちから税金を徴収します。
確かに財源は必要でしょう。
何をするにも必ず資金は必要です。

しかし、必要だから国民から徴収するという考え方では、財政難に陥った江戸時代からの教訓を何も学んでいないことになります。

国の税収は10年ほど前から増加の一途を辿っています。
今こそ二宮金次郎が推奨した分度が必要なのではないかと私は思うわけです。

何かをするには財源は必要なのは間違いありませんが、その分どこかで支出を減らす努力をする必要があるのではないかと思うわけです。

家計ならそうですよね。
家計が赤字なのに、さらに商売をするために借金を作ってくる親父がいれば、一家はすぐに離散です。

まずは支出を減らすこと、そして余剰金を作ることが大切なはずなのに、そもそも政府は余剰金を作ろうとはしません。
このことに関しては以前にこのブログで説明しました。

国や政府に頼ってはいけない理由は税金の使い道に問題があるからである。

もちろん政府も、国のため、国民のために色々な政策を打ち出そうと必死になってくれているわけです。
しかしそれらの政策を実行するためだとしても、もし足らない分は徴収すればいいという考えでいるのであれば、足元が見えて無いのではないかと思ってしまうわけです。
苦しむ国民のために財源を増やして政策を打ち出そうとするその行為こそが、国民をさらに苦しめている場合があるということです。

そして国民から徴収したお金はもっと大切なものだと考え、皆が納得するほどの政策に使って欲しいものです。
政策に全員が賛成することはないかもしれませんが、少なくとも今、国民からの不満の多さを見れば、それが正しい方向に使われていないと思っている国民の方が多いということです。
そんなことをするために徴収するならお金を返してくれと思われるような政策はダメだということです。

国をよくするために政策を打ち出すことは大切です。
しかし今の日本政府は、政策よりももっと大事なことを忘れているのではないかと、どうしても私は思ってしまうわけです。

その大事なこととは、二宮金次郎の村の復興術、そして分度に隠されていると思っています。

政策が全てではなく、国の財源が全てではなく、国民の財源も大切にすること、国の財源の限度をわきまえることの方がもっと大切だと私は思います。

今一度、原点に立ち返り、お金の集め方、使い方を考え直すきタイミングが来たのではないでしょうか。

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