人は今起こっている事態をすぐに最悪だと思い込む。けれどその事態はもっと悪いことの防波堤かもしれない。

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哲学

警察庁のまとめで、2020年10月の自殺者数は2153人と発表された。
ここ数年、日本における年間の自殺者数は2万人前後なので、月間で自殺者数が2,000人を超えるのは、やはり多いと言える。
これは、新型コロナの影響による生活苦が一番の原因と予想されている。

また、新型コロナがなくても、日本は自殺大国だと言われる。
2019年の交通事故死亡者数は3,215人。
これに対して、自殺死亡者数は19,959人。
交通事故死亡者数よりも自殺死亡者数の方が6倍以上多いことになる。
また、世界の自殺率ランキングでは7位につけていて、これは主要先進国、G7の中ではトップになる。

それだけ、日本は生きにくい社会なのかもしれない。

けれど、死んでしまっては何もならない。
どんなに辛い思いをしていたとしても、長い人生の中では短い期間かもしれない。
そうでなくても生きてさえいればいつか何とかなる。

生活が困窮しているのであれば、生活保護制度を利用するのもいいだろうし、自己破産するのもいいと思う。
他人から色々な肉体的、精神的ダメージを受けているなら、どこか遠くへ逃げてしまえばいい。
会社も辞めてしまえばいい。

どんな選択をしようとも、 死ぬという選択をするよりは ずっとマシ。

死ぬ気になれば何でも出来るはず。
逃げる手段として、自殺を選んではいけない。
死を選ぶのは、最も最悪な選択だと言える。

株式会社幻冬舎の編集者でもあり、実業家でもある箕輪厚介氏の著書に、「死ぬこと以外かすり傷」という著書があるけれど、私も死なない限りは何とかなると思う。
死ぬことだけは絶対にあってはいけない。

石角完爾氏の「ユダヤ人の成功哲学『タルムード』金言集」という著書の中に、生きていることの大切さ、そして最悪と思われる出来事であってもそうとも限らないということ、人は希望を失ってはいけない、ということを教えてくれる、ある物語が紹介されている。

これはユダヤ人に古くから伝わるタルムードという書物に書かれている物語。
その物語、「あるラバイの最悪で最良の災難」を紹介したいと思う。
(※ちなみにラバイとは、ユダヤ教の聖職者のことを指す。)

“あるラバイが旅をしていた。ラバイは犬と羊を連れ、聖書を読むためのランプを持っていた。一日歩き続け、陽もとっぷり暮れたので、ラバイはその夜泊まる場所を探した。ほどなく粗末な納屋を見つけて、そこで寝ることにした。
しかし、また寝るには早いので、ランプをともして聖書を読むことにした。すると、まだ残っていると思っていたランプのオイルが切れて、灯りがふっと消えてしまった。ラバイはしかたなく早めに寝ることにした。
その夜は本当に悪いことが重なった。連れていた犬が毒虫に咬まれて死んでしまった。次にオオカミが来て、羊も殺して食べてしまった。
朝になって、ラバイは空腹のまま出発した。乳をくれていた頼りの羊ももういない。
少し歩いて、ある村の近くに来ると、ラバイは異様な気配に気づいた。人影がまったくない。よく見ると、あちこちで村人が惨殺されていた。前の晩に盗賊がやってきて村を襲い、村人たちを皆殺しにして、金品を奪っていったことを知った。
彼は恐ろしさに打ち震えながら思った。もしランプが消えていなければ、彼も盗賊に見つかっていたはずだ。犬が生きていたら、キャンキャン吠えて、やはり見つかっていただろう。羊も騒いで音を立てたに違いない。
すべてを失っていたからこそ、自分は助かったのだと。そこでラバイは深く悟った。
「どんなに災難が降りかかろうと、人は希望を見失ってはいけない。最悪なことが最良のことだと、信じなければいけない」“

この物語の通り、人は今起こっている事態を、すぐに最悪だと思い込む。
けれど、その事態は何らかの教訓なのかもしれないし、この物語のように、もっと悪いことから救ってくれているのかもしれない。

以前にこのブログで、
この世の現象それ自体には良いも悪いもない。あるのは、その現象を見て私たちがどのように感じるかということだけ。
という記事を書いたけれど、それと同じで、起きている事態を最悪だと思い込んでしまえばその事態は最悪な事態となる。
けれど、このぐらいで済んでよかったと捉えたり、もっと悪いことがあると捉える、あるいはもっと悪いことの防波堤だと捉えることが出来れば、その事態の見え方も変わってくると思う。

ちなみにユダヤ人は決して自殺をしない。
それは、自殺は神に対する反抗だという思考があることもその理由だと思うけれど、普段から悪い事態が起きたとしても、前述の物語の教えのように、もっと悪いことの防波堤だと考える、あるいはそこに新しいチャンスがあるかもしれないと考える思考回路を持っているからだと思う。
日本にも、このような教え、あるいは思考回路や常識があれば、少なくとも今より自殺者数は減るのではないかと思う。

死んだら終わり。
死なずに生きてさえいれば、今最悪だと思える事態であっても、次の教訓になり得る。
そして、そもそも今起きている事態は、もっと悪いことの防波堤であるかもしれない。

辛い時はこのように、ほんの少し捉え方を変えてみるだけで、見え方が変わってくると思う。

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