サン・テグジュペリの名言。計画のない目標は、ただの願い事に過ぎない。

名言

計画のない目標は、ただの願い事に過ぎない。

- サン・テグジュペリ -
(フランスの作家。「星の王子さま」の著者。操縦士。)

目標と願い事は違うということを端的に述べられた素晴らしい名言だと思います。

こうなりたいと願う人は多いものですが、目標として、さらにはその目標から逆算して行動する人は少ないように思います。

漠然とこうなれたらいいなと思うことも悪いことではありませんし、なんの願望もないよりは願望は持った方が良いと思います。

しかし、その願い事を漠然としたものでとどめておかずに、絶対にこうなるという強い願望にすることで、初めてその願い事への思いが行動に転嫁するものだと私は思っています。

そしてただの願い事と目標の差はこの思いの強さなのだと思います。
強い思いがあれば、その目標に対して自ずと計画が生まれてくるものだと思います。

ではなぜ願っているだけではダメなのか、また目標を持つことが大切なのでしょうか?

結論から言うと、目標というものを持つことでしか、正しく成果を追い求めることが出来ないからだと思います。

まず、目標を持つことでどうすればその目標にたどり着くことが出来るか、と考えることが出来ます。
そして実際に試してみる。
その結果をもとにまた考えて、また試して。

このようなことを繰り返していくうちに、やがて目標に到達することが出来るわけです。

一方、同じぐらい努力している人がいたとしても、明確な目標を持っていなければ、努力はするけれども何を目指しているかが明確になっていないために、それについて考えることも試すことも無いわけです。
目標が明確になっていればそれについて考えようとするわけですが、ただの願い事であればそれについて真剣に考えて取り組むことはありません。

また、仮に真剣に考えようとしたとしても、明確になっていない目標とはどこにゴールがあるのか分からない状態ですから、どこに進んでいいのかも分かりにくく、正しい方向に向かいにくいと言えます。

このように、目指すものが明確な人とそうでない人では、同じように努力したとしても成果の違いが出ることは明白です。

明確な目標を持ってそこに挑む人は、常にゴールを見据えるからこそ、ゴールから逆算して考えることが出来、それに沿って行動することが出来ます。
だからこそ、目標にたどり着くことができるわけです。

明確な目標を持っておらず、願い事レベルの意志しか持っていない人は、努力によって前に進むことは出来ますが、ゴールが見えていない分ペースが遅く、また行き先が不透明であるわけです。
それゆえに、願い事をしている人は今の延長線上から脱出することは難しいと言えます。
出世をしたり昇給をしたりして、以前よりはいい生活になったりいい環境になったりはするのでしょうが、願い事にたどり着くことはないでしょう。

明確な目標を持っているからこそ、今までの延長線上ではダメなことに気づくわけです。

そうして初めて思考が変わり、行動が変わり、結果が変わるわけです。

結果というものはシステムであり、行動を変えずして結果が変わることはあり得ません。
行動を変えるからこそ結果が変わるわけです。
当然の自然の原理ですね。

そしてその行動を変える原動力は、ただのお願い事ではなく、燃えるような願望を持つことで出来る目標であるわけです。
そのためには、やはり願い事ではなく目標を持つことが大切になってくるわけです。

よく自己啓発本なんかに、明確な願望を持つことが大切と言われますが、それは願っていれば叶うというものでもなく、おとぎ話でもなく、スピリチュアルな話でもなく、原点として燃えるような願望を持つことで目標が生まれ、目標が生まれることで行動に転嫁し、その目標をもとに計画を立てられるからこそ、明確な願望を持つことが大切だと言われているのだと私は思います。

誰でも願い事はあります。
その願い事を願い事のままにしておくのか、本当に叶えるために熱い思いに変えるのかはあなた次第であり、それ次第で叶えることも可能だということ。

計画のない目標は、ただの願い事に過ぎない。

この言葉にはそういう意味が含まれているのではないかと思うわけです。

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