初詣はもう済みましたか?神社、お寺での私なりの参拝作法。

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1月2日に初詣に行ってきました。
ということで、私なりの参拝方法を紹介したいと思います。

近頃は、一礼二拍手も良くないと言われるように、参拝方法の正解はないと言っても過言ではないかもしれません。
自分の思うように、納得できるように参拝することが一番正しいのかもしれません。

ただ、私は過去に滝行に行ったこともあって、一つだけ意識していることがあります。
それは、神様にはお願い事をするのではなくて、決意表明をするということです。

私が滝行をした時は、願掛けで滝行に行きましたので、それこそお願い事をしに行ったわけですが、それでも根本的には神頼みではないということです。

結論から言うと、私はこのような願いがある、だから見ていてください、というのが願掛けであり、参拝なのかなと私は思っています。

ということで、私が教わった参拝方法を書かせてもらいます。

鳥居をくぐる時は一礼、そして必ず端を通る。

鳥居とは神様の通る道であり、真ん中を通るのは失礼に当たります。
そして、神社なりお寺なり、神様仏様のお宅へ参るわけですから、一礼は必須です。
それが無ければ無礼にあたります。

願掛けをするときは、まず名を名乗る。

人に名を尋ねるときは先ず自分から、とは少し違いますが、名も名乗らない人の話は誰も聞かないでしょう。
同じように、いくら寛大である神様仏様であろうと、名も名乗らない人の言葉は聞かないでしょう。

まずは名前を名乗る、そして私の場合は住所まで言います。

これはたまたま私がそのように教わっただけかもしれませんが、やはり願掛けするなら神様が来られやすいように自分の住所を伝えるべきではないかと思います。

願掛けは神頼みではなく決意表明である。

神様にお願いごとをするというのは失礼なことであると言われます。
私はそこまで思いませんが、やはり神様も参拝者全員の願いを叶えることは出来ません。

そして、人間がそうであるように、神様も一生懸命である人を好きで、その人の方を応援するのではないかと私は思うわけです。
だからこそ、参拝の時は神頼みをするのではなく、自分の意志を持ってその決意を伝える。
そうすることで、自分の決意を強固に出来、その決意通りに頑張ることで、神様の後押しを受けられるのではないかと思います。

まとめ

神様を信じるか信じないかという話になってきますが、いずれにしても神頼みではダメであり、結局は自分次第であると思います。

しかし、過去に何かに成功した人や、何かを達成した人は経験したことがあると思いますが、最後は何らかのパワーが働いている、という感覚があったと思います。

それが運なのか何なのかは分かりません。

ただ私の経験上ですが、何か上手くいったとき、自分や仲間の力だけではなく、最後は必ず何らかの力が働いていると思います。
それが何かは分かりませんが、そこには不思議な力があります。

神様を信じる信じないは自由ですし、私も神頼みなどはしませんが、節目などのやるべき時ぐらいはきとんと参拝出来るようにしておきたいものです。

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