仕事と家事、どっちが大変?

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仕事と家事、どっちが大変?という話題は尽きないものです。
仕事も家事も、どちらもそれぞれ大変な面があり、辛いところがあります。

私は手伝う程度の家事はするのですが、がっつり家事をしたことはありません。
ちゃんとした家事を経験していないのでどちらが大変だということは出来ません。

ただ、家事は仕事と違って少なくとも外部からの圧力なり、精神的ダメージは少ないと思います。
だから、働く人たちは口をそろえて家事より仕事の方が大変だと言うのでしょう。

仕事をしていれば上司、お客様からの圧力は凄いものです。
納期などの期日もあり、精神的には疲労困憊することは間違いありません。

では、家事はそのようなストレスは無いのかと言うと決してそういうわけではないでしょう。

毎日同じように掃除、洗濯、料理などを繰り返していると、外部からの圧力は少ないにしても、家事それ自体が精神的ダメージなり得るわけです。

そして仕事の場合は確かに相当なストレスを抱えることになりますが、
その代わりに何らかの喜びも得られるわけです。

プロジェクトが上手くいったり、それによって上司に褒められたり、仲間と喜びを共有しあったり、昇給したり出世したり。
またその結果、パートナーに喜んでもらえたり。

つまり、ストレスを抱えながら仕事をした分、なんらかの見返りがあるわけです。

では家事はどうでしょうか?

それは、周りのあり方で決まると私は思います。

仕事と同じように、苦労した分なんらかの見返りなり、反応があれば、もしかしたら家事にも喜びを見出すことが出来るかもしれません。

しかし、何の反応もなければどうでしょうか。
もし一生懸命仕事をしても何の見返りも反応も無ければどうでしょうか?
私はこんなに頑張っているのになぜ評価されないのだ、とは思わないでしょうか?

家事もそれと同じではないかと思うのです。

そして働いている人ほど、家事は仕事と比べて楽なものであるという認識があるからこそ、その労になんのねぎらいもしないことが多いのだろうと思います。

これこそが、家事をする人に精神的ダメージを与えることになってしまい、家事を辛いものにしてしまう最大の原因だと私は思います。

要するに、周りの受け止め方と、反応次第であると思うわけです。

安心して仕事に行けるのも、仕事から帰ってゆっくりできるのも、全て家事をしてくれるパートナーのおかげだと理解しなければなりません。

そして、そうであれば労のねぎらいぐらいはしましょう。
感謝の気持ちを持ちましょう。

パートナーや子供、家族のためにやっているはずの家事なのに、それらの人から何のねぎらいもなければ、家事は孤独なものとなり、とても辛いものになってしまいます。

それを本当に孤独で辛いものにしてしまうかどうかは、家事をやってもらっている側のパートナー次第であるわけです。

結論を言うならば、お互いに頑張っているわけなのです。

仕事が大変とか、家事が大変とかを比較するものではなく、お互いがそれぞれ出来ることに努力をする、それが大切なのだと思います。

そうであれば、お互いに感謝の気持ちを持ち、労をねぎらい合うべきではないかと思うわけです。

そしてこれは個人的な見解になりますが、譲歩すべきは仕事をしている側ではないかと思うのです。

仕事をしている側は給料なりなんなりで、仕事をした対価が目に見えるわけですから、自分の努力がそれなりに見えやすいと言えます。

しかし家事には何の対価もありません。

そこにかこつけて、稼いでいるのはこちらだからと偉そうにするのはもってのほかです。

もしこのようなことが問題となっている家庭があるのであれば、仕事をしている側が家事をしてくれていることへ本当に感謝の気持ちを持ち、態度に示すことが出来たのであれば、家事をしてくれている側のパートナーも、普段の仕事への労をねぎらい、喜びをもって家事に取り組めるのではないでしょうか。

人は人の役に立っているという感情を得た時に一番幸せを感じると言われています。

お互いに喜びを持って仕事や家事をするためには、やはりお互いの努力を理解し合うことが大切なのではないでしょうか。

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