しつけと支配は違う。子供であろうが大人であろうが、しつけには無条件の愛が必要。

教育

「LIMOくらしとお金の経済メディア」の記事より。

「しつけ」と「支配」は違う。子供の自尊心を傷づつけないためにできること | LIMO | くらしとお金の経済メディア
部屋を散らかしたり、好き嫌いをしたりと、なかなか親のいうことを聞かない子どもたち。「しつけをしなければ」という気持ちから、つい強い口調で叱ってしまう場面もあるでしょう。しかし、ふと「このしつけは間違っていないだろうか」「厳しすぎたかも」と不安になることはありませんか?もしかすると、しつけのつもりでした行為によって子ども...

「しつけ」と「支配」は違うという記事がありました。

この記事を端的に言うと、親の都合で子供に対して怒ってないかというような内容です。

一文だけ引用させてもらうと、

「寝かしつけの時間が長くて退屈だから」「早く家に帰りたいから」といった理由で叱っているのは、自分の思い通りにならない苛立ちによるものかもしれません。

とのことです。

私自身、耳が痛いです。

私が子供に対して怒る時は、ほとんど自分の都合かもしれません。
つまり、自分の思い通りにならないから怒るわけです。

自分ではしつけのつもりであっても、結局は子供が将来正しい道を進み、自立できるように叱っているのではなく、子供が自分の思い通りに動くよう怒っていることが多いと感じます。

子供の将来のことを考えて叱っているつもりでも、いつの間にか自分の思い通りになるよう怒っているということは、子を持つ親なら経験があるかもしれません。

普段から薄々勘づいてはいましたが、この記事を読んであらためて自分の自己中心的な考えを思い知らされました。

そして、私自身の持論なのですが、やはり子育てと部下を育てることはかなり近いと思っています。

どれだけその子に、自分の利益を考えず、無条件の愛情をかけて教えることが出来るかで、その子の将来が決まると言ってもいいぐらいです。

その愛情は子供であれ、部下であれ、やはり感じるものです。

ただ単に教えればいいというわけではないですし、ましてや自分の都合のいいように支配するなどということはあり得ないわけです。

確かに、子供でも部下でも、支配すれば自分では動きやすいかもしれません。

しかし、支配という力では人の力を最大限に発揮することは出来ないですし、歴史が物語っているように、支配を続けていればいつか滅びます。

人は誰もが自分の意見や主張を持っているものであり、その支配という力はいずれ反感という形で自分に返ってきます。

そうでなくても、やはり子供でも部下でも、一人の人間であり、尊重すべきものです。
まずはその人の行動や言動を受け入れ、そこからアドバイスをしてあげるべきでしょう。

このことに関しては、大人に対してだけではなく、むしろ子供の方が敏感に感じ取ると私は思っています。

目が見えない人がその他の力で生活していけるように、子供も深い言葉の意味が分からない分、感受性という部分で物事を感じ取っているからです。

私自身は今日の記事には反省しかないですね。

あらためて、今日から子供に対しても部下に対しても、まずはその子のことを受け入れ、そこから自分なりにアドバイスしていきたいと思います。

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