人生には、二つの道しかない。一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。

名言

人生には、二つの道しかない。
一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。

- アルベルト・アインシュタイン -
(ドイツの理論物理学者。相対性理論を提唱し、ノーベル物理学賞を受賞。)

「クレオパトラの鼻がもうすこし低かったら、世界の歴史の局面は変わっていただろう」
という言葉があるように、人生なんてほんの少しのズレで大きく変わるものだと思う。

出来事そのものは、起きてしまえば当たり前のことのように思えるし、奇跡でもなんでもないと思えるものだけれど、私は全ての出来事は奇跡の連続で起こっていると思う。
それらの出来事の1つでも欠けていれば、その先の出来事は起こらなかったことが多いと思う。

例えば、それこそ自分の容姿がもっと違っていれば、今の恋人やパートナーとは一緒になっていなかったかもしれない。

自分の人生を振り返ってみた時、あの時こうしていなかったら、こうなってなかったな、と思うことは誰にでもあると思う。

そして「こうなってなかった」とすれば、次に起こる出来事も起きていなかったと言える。

私の場合、野球部の強い高校に入学するために、中学時代に猛烈に受験勉強をした。
猛勉強の甲斐があって無事高校に合格し、今の妻と出会っている。

けど、当然だけれど私は妻と出会うためにその高校を受験したわけではない。
野球をするために頑張った結果、たまたま妻と出会い、結婚することになり、子供も2人生まれ、幸せな生活を送ることが出来ている。

一見、普通のように見える出会いだし、これといってドラマがあるわけでもない。
いわゆる普通の出会い方をして、普通に結婚しているだけ。
奇跡でもなんでもないかもしれない。

けれど、この出来事の内の1つでも欠けていれば、私は今ごろ全く違う人生を歩んでいたことになる。

そもそも野球をやっていなければ、もっと勉強が出来ていれば、あるいは勉強が出来なくて高校に受かっていなければなど。

そしてそれと同じように、野球をするようになったのは、小学校1年生の時に友達に誘われたソフトボールチームに入ったことがきっかけだったのだけれど、それも、その友達と出会っていなかったり、仲良くなければ、あるいは近所にソフトボールチームがなければ、やっぱり野球も始めていない。

全ての出来事は、どれ1つ欠けても起こらない可能性がある。

そう考えれば、今の自分があることは奇跡の連続から成り立っていることであり、それに感謝しなければならないと思う。
そして、人生なんてほんの少しのズレによって大きく変わるのだから、気を付けなければならないと同時に、今後の自分に大いに期待するべきだと思う。

すべてが奇跡であるかのように生きることのメリットはここにある。

奇跡などまったく存在しないかのように生きると、自分の可能性や今起こっているチャンスに気づきにくくなる。
すべてが奇跡であるかのように生きると、自分の可能性に気づくことが出来、今起こっていることをチャンスかもしれないと捉え、チャンスに気づきやすくなる。

その角を右に曲がるか左に曲がるかの違いだけで、今後の人生を左右する可能性だってある。
普段の帰り道のルートを少し変えるだけで、何かに気づくかもしれないし、普段と違うことが起こるかもしれない。

人生なんてほんの少しの違いで大きく変わるものだと思う。
これはまさに奇跡でしかないと思う。
それの連続で、たどり着いたのが今の自分。
そして今後の自分にはまだまだ新しい奇跡が待っている。

ほんの少しの違いで起こる出来事が変わるのだから、数年後、どんな自分にたどり着くかなんて全く分からない。

ただ、奇跡などまったく存在しないかのように生きると、日々の出来事を当たり前と捉え、感謝をすることも忘れ、自分の可能性とチャンスを殺しかねない。

すべてが奇跡であるかのように生きるからこそ、そのありがたさに気づくことが出来、日々の違った出来事、自分の可能性を信じることが出来、チャンスを掴み、奇跡を良い方向に持っていくことが出来るのだと思う。

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