時には、素直な心で世の中をあるがままに見ることが大切。

自己啓発

私たちは大人になるたびに、自分らしさというものを確立していくのだと思う。
自分の好きなこと、嫌いなこと、大切なこと、大切な人、正しいこと、間違ったこと、それらを人生の経験の中で学び、確立していく。

言わば、人それぞれ、自分の考えというフィルターのかかった眼鏡をしていると言える。
同じものは二つとない、自分だけの眼鏡。
その眼鏡を、私たち大人はもれなく全員かけているのだと思う。
その眼鏡をかけて、世の中の現象を見て、自分なりに解釈する。
そうして出来上がったのが、自分の性格であったり、思考であったりする。
どんな眼鏡をかけているかで、世の中の現象の受け取り方に違いが出て、その積み重ねで性格も思考も変わってくる。
だから、ある人が正しいと思うことも、ある人にとっては間違っているという意見の不一致が生まれる。

要するに、私たちは世の中の現象をあるがままに見ているつもりでも、必ず自分の眼鏡越しに世の中の現象を見て、物事を判断しているのだと思う。

それはそれで自分らしさや個性と考えればいいことだと思う。
けれど、自分の眼鏡越しに見えている世界が正解だと思うことは危険であると言える。

しかし、私たちは普段ずっとその眼鏡をかけているから、気づかぬうちに そこに映っている景色が世の中そのものだと思い込んでしまう。
だから、時に他人と衝突したり、道を踏み外したり、判断を間違うことがある。

大切なのは、前述のとおり、私たちは世の中の現象をあるがままに見ているつもりでも、必ず自分の眼鏡越しに世の中の現象を見ているということに気づくこと。
そして、その眼鏡はいつでも取り外すことが出来るんだということに気づくことだと思う。
時には自分の眼鏡を通さずに世の中をありのままに見ることが大切になってくる。

そのために必要なことは、素直な心をも持つことだと思う。
まず、自分の眼鏡越しに世の中の現象を見ていると認める素直さ、そして自分の思考や性格、私利私欲、その他すべてが詰め込まれた眼鏡を一旦置き、世の中を無の状態で見る素直な心が必要になってくると思う。

ずっと自分の眼鏡をかけっぱなしでいると、正解も不正解も、好きも嫌いも、自分の勝手なフィルターを通した判断に過ぎない。
それは自分らしさではなく、ただの思い込みであるかもしれない。

だから、時には素直な心で自分の眼鏡を外してみる。
そうすることで、より広い視野で物事を見ることが出来るようになり、世の中をあるがままに見られるようになり、本当の意味での自分らしさを確立することが出来るのだと思う。

元々、現象それ自体には正解も不正解もないのだと思う。
あるのは、私たちがその現象を見てどのような判断を下すかだけ。

そうであれば、自分の凝り固まった眼鏡越しの見え方だけに視線を合わせずに、時には眼鏡を外して全体を見渡すことも必要だと思う。

コメント

タイトルとURLをコピーしました