他人を押さえつけている限り、自分もそこから動くことはできない。

名言

他人を押さえつけている限り、
自分もそこから動くことはできない。

ジョージ・ワシントン
(初代米国大統領)

他人を押さえつけるということは、自分が常にその場所で監視し、押さえつけておかなければならない。
ゆえに、その場所から動くことは出来ない。

至極当然の真理だと思う。
当然の真理なんだけれど、それを実践できる人はとても少ないと思う。
人を押さえつけ、監視し、言うことを聞かせる方がよほど簡単だから。

監視されている、さぼったら怒られる、というような状況を作っておけば、人は指示通り動く。
けれど、その管理体制は、常に監視し、押さえ続けておかなければならない。
人が動く理由が、監視されているから、怒られるから、という理由なのであれば、その監視役や怒る人が居なくなったら、動く理由がなくなるから。
だから多くの人は、簡単だからという安易な理由で人を押さえつけて動かそうとするけれど、実はそのせいで自分が動けなくなっていることが多い。
そしてそのことに気づいていない人も多いと思う。

人を動かしたいのであれば、自発的に動かさなければならない。
動く理由が、監視されている、怒られているというような外部からの動機ではなく、自分がそうするべきだと思うからとか、そうしたいからという自発的な内部からの動機でなければ、自ら動くことはないし、監視役が居なければ動かなくなる。

しかし、この自発的に人を動かすということはとても難しい。
だから多くの人は、押さえつけて人を動かそうとする。
けれど、それでは自分が動けないし、管理する側が動けないのであれば、チーム、家族、部署、会社など、それらのグループ全体がそれ以上の成長も見込めない。

人を押さえつけて動かすということは、即効性があり、一見効率的なように見えるけれど、実は問題を作る諸悪の根源だったりもすると思う。
痛くなってきた部分に応急処置的に包帯を巻いたりバンソウコウを貼ったりして、その場をしのぐだけのもので、本質的な問題が全く解決していない。
むしろ、そのような体制を作ってしまったばっかりに、悪くなかった部分が化膿したり、病気を生んだりするものだと思う。
子育てでも同じで、押さえつける教育ばかりしていれば、いずれ表面化していなかった何らかの大きな問題が起きて崩壊する。
だから、自発的な内部からの動機で人を動かすことがとても重要になると思う。
それはとても難しいことだけれど、そこから逃げれば押さえつける体制になってしまい、自分は動けないし、次から次へと問題が起き、やがて崩壊する。

このことは、歴史を見れば明らかなことだと思う。
ジョージ・ワシントンは、そのような歴史の背景を見て、このような名言を残したのだと思う。

人を自発的に動かしたいのであれば、当然だけど、自発的に動く動機が必要となる。
その動機とは、大きく分けて「喜び」、「信頼」、「恩」の三つに集約されるのではないかと思う。

喜びを感じてもらうためには、やってもらったことに対して感謝する、あるいはその成果に対して褒めること、または報奨を与えることが重要だと思う。
やはり、やったことに対して誰かから感謝されたり、褒めてもらえれば、人は喜びを感じるし、その喜びをまた得たいから、自発的に行動するようになると思う。
そしてその成果に対して報奨があるのであれば、次も頑張るという自発的なエネルギーになると思う。
報奨は金銭的なものでももちろんいいと思うし、その成果に対して与えらえるポジションや肩書、裁量を広げる権利でもいいと思う。
やったことに対して何の喜びや見返りもなければ、その行動に対して疑問や不満を持つのは当然のことだと思う。

次に自発的に動く動機となるのが信頼関係だと思う。
信頼できるあの人が言っているからそうするというのも、自発的に動く動機には十分だと思う。
しかし、信頼していない人の指示は、やっぱり自分の中で腑に落ちないものであり、色んな疑問や不信が出てくる。
そうなると、どうしても自発的に動くことは出来ない。
どんなことでも、この信頼関係はとても重要だと思う。

そして最後に恩による動機。
どうやら人は受けた恩に対して返したいという習性がある。
例え見ず知らずの人であっても、親切にしてもらったなら、何かお返しをしないとという本能が働く。
それが、他人どころか長い付き合いであればあるほど、このお返しをしたいという動機はとてもに大きくなる。
お世話になったあの人のためだからとか、あの人のためならやるしかないという気持ちになることがある。
これは信頼関係の延長線上でもあると思う。
お互い信頼しあっているからこそ、その信頼に傷をつけないために動くこともある。
恩を仇で返すという行為は、本来、人はなかなか出来ないものであり、やはり恩に報いようとするのが一般的だと言える。

と、こういう風に、人を自発的に動かす動機として、この三つはとても重要な動機となる。
けれど、この三つを一つにまとめて結論付けるとするならば、人を動かしたいのであれば、
まず自分のあり方を見つめなおすべきだということ。

喜び、信頼、恩の三つを相手に感じてもらいたいのであれば、喜び、信頼、恩の三つを感じてもらえるような人間である必要があるということ。
そういう人格の持ち主に対してでなければ、人は自発的に動かないということ。
そして、他人を押さえつけて動かそうとする人は、相手に成果を求めるという態度の人であり、人を自発的に動かす人は、自分が与えるという態度の人だと思う。

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